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超短編|完璧なアイドル

真野愛は、完璧なアイドルだ。

一万人に一人と言われるほどの美貌と、2次元から飛び出したと言われるほどのプロポーション。歌も踊りも、一度見聞きすれば覚えてしまう天性のアイドルだ。
常に笑顔を絶やさず、バラエティの無茶なフリにもそつなく返す。
街でファンに写真やサインをせがまれても、すべて神対応する。
先日も、新幹線で寝ていたところを、熱狂的なファンに叩き起こされ、写真をせがまれたが、すぐに対応するどころか、カバンの中から私物のサングラスを取り出し、プレゼントした。受け取ったファンは、しばし呆然とし、号泣した。
彼女が怒ってるところも見たことがないと、スタッフの評判もすこぶる良い。
当然引っ張りだこで、去年はほとんど休みがなかった。
それにも関わらず、文句も言わず、いつも笑顔を絶やさない。
もはや、神の中でもアマテラスレベルだと、飯倉は思った。

芸能マネージャー歴30年の飯倉も、こんなアイドルに出会ったことがなかった。
アイドルも売れないうちは、何でもやりますと、強豪野球部の後輩よりも下手下手でくるのだが、売れたとたん、とんでもなく我がままになる。愚痴る、怒る、馬鹿にするはあたりまえ。とあるアイドルの担当マネージャーは次々に潰され、5年で20人も変わったと、先日、週刊誌で叩かれていた。が、飯倉はさもありなんと、驚きはしなかった。
そして何より、恋愛スキャンダルだ。人気が出ればモテるので、いろんな共演者や業界人が声をかけてくる。普通の恋ならまだしも、この業界の人たちは、野性味あふれる人が多いので、危険な恋を望み、つい不倫に走ったりする。すると、最悪、引退へとつながるケースもある。厳しい世の中だ。

その点、真野愛は、浮いた話は一つもない。スキャンダル一つ出たことがないのだ。
もちろん、真野愛の成功には、飯倉の影響が極めて大きい。
今までの芸能マネージャー生活のすべてを真野愛に注ぎ込んできた。毎日、私生活もつぶして、徹底的に向きあい、よかったところと、直した方がいいところを常にインプットし続けてきた。売れているアイドルの特徴を導き出し、膨大な量の学びをインプットし続けてきたのだ。そのたびに、真野愛は、日進月歩の成長を遂げてきた。まさに、二人三脚でここまできたのだ。

そんな中、同じ事務所のスター女優が、不倫スキャンダルで飛んだ。
「真野、悪い、すでに休みがないレベルなのはわかっているんだが、連続ドラマの代打をやってくれないか?」
「もちろんですよ。飯倉さんこそ、体調大丈夫ですか?飯倉さんが休みも返上して、家族に文句も言われながら、身も心も削って頑張っているのも知ってます。私は、飯倉さんに育てられてここまで来たんだから、飯倉さんがいない真野愛は考えられません。くれぐれも、体調には気を付けてくださいね」
というと、栄養ドリンクを手渡してきた。
飯倉はうかつにも泣きそうになった。さすがに、つかれてるなと、思った。

世の中の監視の目はどんどん厳しくなっている。
少しでも道徳的、倫理的な路線を外れるとつぶされてしまう。
番組でMCをつとめるクラスのトップスターも、不倫、闇営業、飲酒問題、盗作、失言などで、モグラたたきのように、次々と消えていった。
気が付けば、真野愛は、トップスターとなり、番組MCをつとめるようになった。

そんな中、事件は起こった。
生放送で真野愛がMCをつとめる番組だった。
いつものように、台本通りの完璧な進行と、芸人のボケへの巧みな返しで、プロデューサーも舌を巻く素晴らしい展開だった。
が、しかし、突然、真野愛の動きが止まってしまったのである。
目を見開いたまま、ピタリと微動たりともしない。
周囲も何かの冗談かと思い、ツッコミを入れるも、止まっている。
しばらくときがすぎて、全国民が、気づいた。

「真野愛って、ヒューマノイドだったんだ・・・騙された・・・」
その瞬間、真野愛の芸能生活は終わった。

最新バッテリーをつむ真野愛の電力は1週間ほどもつが、定期的な充電はかかせない。が、あまりに多忙で疲れがピークに達していた飯倉は、ついそれを失念してしまったのだ。ヒューマノイドの励ましに泣きそうになったあのとき、自分の疲弊ぶりに気づくべきだった。
すべてをささげて、真野愛に向き合ってきた飯倉も、たった一回の痛恨のミスによって、人生を棒に振ることとなった。相変わらず厳しい世の中だ。
飯倉は、あふれる汗を拭うこともなく、番組スタッフからの罵声に応えることもなく、チェックモニターの前に立ち尽くし、天を仰ぎながらつぶやいた。

「失敗するのは、いつも、人間の方なんだ・・・」

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