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超短編|不機嫌な国

あるところに
それはそれは
不機嫌な国があった

不機嫌なエリート会社員の
目覚めが奇跡的によくて、
ろくに返事もしない
不機嫌なタクシードライバーに
「丁寧な運転、ありがとう」と言った

気をよくしたタクシードライバーが
ランチで入ったビストロの
ウラでタバコばかり吸っている
不機嫌なアルバイトに
「美味しかったよ、ありがとう」と言った

やる気を取り戻したアルバイトが
買い出しに行ったグロッサリーの
ため息ばかりついている
不機嫌なレジ打ちマダムに
「手際よく、ありがとう」と言った

鼻歌まじりのレジ打ちマダムが
帰りに立ち寄ったプリスクールの
呼びかけても聞こえてないフリをする
不機嫌な保育士に
「いつも娘を、ありがとう」と言った

足取り軽い保育士が
数年ぶりのディナーパーティで
ふつぶつ愚痴ばかりこぼす
不機嫌な高校時代の同級生に
「友達でいてくれて、ありがとう」と言った

晴れやかな気持ちになった高校時代の同級生は
絶縁状態だった実家に十数年ぶりに帰ると
独善的で妥協を許さない頑固で排他的で
不機嫌なこの国の独裁者である父に
「育ててくれて、ありがとう」と言った

とめどなく涙を流した独裁者は
国営放送のスタジオに入ると
希望もなければやる気もない
不機嫌な国民たちに
「今までバカな私のために、ありがとう」と言い、
権力を手放すことを伝えた。

かくして、不機嫌な国はご機嫌な国へと変貌した。

時代が、”ご機嫌前きげんぜん”から”ご機嫌後きげんご”へと
移り変わった頃の話である。



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