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【前編】母に双子がいた話

私が母の秘密を知ったのは、中学生のときでした。実家の整理をしていたときに見つけた古い写真が、すべてのきっかけになったんです。写真には、子ども時代の母と見られる女の子が二人並んで写っていました。しかもその二人はまったく同じ顔をしていて、まるで鏡のようでした。一枚だけではなく、何枚かの写真すべてに同じ二人が写っている。私には兄妹もいないし、母には“姉妹はいない”と聞かされて育ってきたので、その写真を見た瞬間に「これは誰だ?」と混乱しました。

 最初は「母が二重露光写真で遊んでいたのかな」とか、「従姉妹がそっくりなだけでは?」なんて、いろいろ理由を考えようとしました。でも当時の写真ってそんなに気軽に加工できる時代でもないし、写り方を見ても子ども特有の自然な笑顔や仕草がある。どう見ても、まったくの別人二人がそこに写っているようにしか思えなかったんです。しかも、二人とも母そっくり。いや正確に言えば、「母を半分ずつ足して二人に割り振ったみたい」と言ったほうが近いかもしれません。母の幼い頃そのままの顔を持った子が、二人一緒に写っている。恐怖というよりも、不思議な感覚に襲われました。

 その日は母が外出していたので、とりあえず私は写真を元の箱に戻し、記憶にとどめるだけにしました。だけど一度気になり始めると、どうにも落ち着かなくて、結局その晩に帰宅した母に直接聞いてみたんです。夕飯の後、母が茶碗を洗い終えたタイミングを見計らって、リビングに呼びました。私は緊張で声が震えそうになるのを必死でこらえながら、「昔の写真を片付けてたら、こんなの出てきたんだけど……」と言って例の写真を差し出しました。

 母はそれを手に取った瞬間、明らかに動揺した表情をしました。無言のまましばらく写真を見つめていましたが、その視線はどこか宙を彷徨っているようでした。私は母が何か言葉を発するのを待ちました。でも、母は沈黙を破らない。気まずい空気だけが時間を引き伸ばしていきました。そのうち、母は小さく息をついてから、私を避けるように写真を机の奥に滑らせ、「これは昔の友達と一緒に撮っただけ。気にしなくていいから」と言って、立ち上がろうとしました。

 正直その言葉には無理があると、私でも分かりました。あの写真に写っているのは、どう見てもただの“友達”ではない。同じ顔、同じ服装、同じ髪型。双子にしか見えないほどそっくりだったんです。それに母はふだん、あまり嘘をつくタイプじゃありません。でもそのときは、いかにも不器用な言い訳をしているように見えました。私は何か重大なことが隠されていると感じ、さらに問い詰めようとしましたが、母の瞳はどこか怖がっているようにも見えたので、いったん話題を変えることにしました。

 それから私は数日間、学校から帰ると部屋にこもってあの写真のことばかり考えていました。母が嘘をついているとしたら、それはどうしてなんだろう。もしかすると母には兄弟や姉妹がいて、それを隠しているのかもしれない。それならその双子の女の子は、母の姉妹として納得がいく。だけど、もし本当に双子ならば、私の祖父母や親戚たちはどうして何も言わないのか? 田舎での法事やお正月の集まりでも、そんな話題を聞いたことがないのはどうしてなんだろう……。考えれば考えるほど疑問は深まり、頭がごちゃごちゃになっていきました。

 私の家は母子家庭ではなく、一応父も一緒に暮らしていましたが、平日は忙しくてあまり家にいませんでした。土日も仕事の都合で出かけていることが多かったので、なかなか父に相談するタイミングもありません。そこで私は、週末の夜にやっと帰宅した父を捕まえて、「実は母のことで聞きたいことがあるんだけど」と切り出しました。父は少し面倒くさそうな顔をしましたが、私の様子がいつもと違うことに気づいたのか、ちゃんと耳を傾けてくれました。

 私は父にあの写真を見せて、母が明らかに不審な態度をとったことを伝え、「母には双子の姉妹がいるんじゃないの?」とストレートに聞いてみました。すると父は少し驚いた顔をして、言葉を選ぶようにゆっくり話し始めました。

「実はな……お前が小さい頃、母さんから少しだけ聞いたことがあるんだ。でもあまり詳しくは聞けなかったし、母さんから“あまり詮索しないで”って言われてな。それ以上は俺も知らないんだ。母さん、昔から親戚のこととか自分の昔の話をあまりしないだろ? たぶん複雑な事情があったんじゃないかと思う」

 父からは、それ以上の情報は得られませんでした。どうやら父も、母の過去については深く立ち入っていないようでした。それでも、やはり母に“双子の姉妹”がいる可能性は高いという感触を強くしました。父の口ぶりからすると、確信とまでは言わないけれど、何かそれに近いことを知っているような雰囲気があったんです。私はそこのところをさらに追及しようとしましたが、父は「母さんが話したくないなら、無理に聞くな。みんなそれぞれ触れられたくない過去ってものがあるんだろうから」と言って、その場は終わりになりました。

 しかし私の疑問は、収まるどころかさらに膨れ上がっていきました。気になって仕方がないから、どうにかして確かめたいという気持ちが強くなったんです。そうはいっても、私一人でできることは限られています。母の実家は遠方にあり、年に一度くらいしか行く機会がありません。母の両親――つまり私の祖父母も、母と同じくあまり多くを語らない人たちでした。特に祖父は無口で、私が小さい頃からあまり会話を交わした記憶がありません。祖母は優しい人ですが、昔の話になるとにこやかに笑うだけで、詳しいことは話してくれない。たぶん母に頼まれているのかもしれません。

 私はどうしたらいいか悩んだ末、意を決して母の実家のタンスやアルバムを勝手に覗いてみようと思いました。いつも夏休みか正月くらいしか行けないけど、今度行ったときにこっそり探してみよう……。もしも母が本当に双子なら、古いアルバムや書類にそれらしい手がかりが残っているかもしれません。母の本当の誕生日が二日違いで登録されていたり、何らかの事情で片方が別の家に引き取られた証拠が出てくるかもしれない。そう思うと、早く実家に行きたくて仕方ありませんでした。

 けれど、私がそう考え始めた矢先、思いがけない出来事が起こりました。母あてに一通の手紙が届いたんです。差出人は知らない女性の名前で、宛名も母の旧姓で書かれていました。今どき手紙でのやりとり自体が珍しいのに、しかも旧姓宛て。これはただ事じゃないなと思い、私は差出人の住所を見て驚きました。母の生まれ故郷でも今住んでいる街でもない、まったく別の地域。そこは母とは関係ない場所だと聞いていたので、余計に不思議でした。

 母はその手紙を受け取ると、私の前で開封はせずに、自室へ持っていきました。しばらくして母が部屋から出てきたときには、顔がどこか疲れたようにも見えました。私はどうしても気になって、「誰からの手紙だったの?」と聞いたのですが、母はただ「昔の知り合い」としか答えてくれません。あの写真を見せたときと同じように、母は明らかに何かを隠している表情をしていました。

 その夜、母は珍しく一人で外出しました。行き先も告げず、携帯電話も家に置きっぱなしだったので、私と父は連絡が取れませんでした。父も少し心配そうでしたが、「まあ落ち着いたら帰ってくるだろう」と言って、あまり深くは詮索しませんでした。結局、母が戻ってきたのは日付が変わる頃。そのまま無言で寝室に入り、私たちと会話することはありませんでした。

 私の胸の中に、もやもやとした不安が膨らんでいきます。母が家族にも言えない秘密。それはやはりあの写真にまつわること、つまり双子の姉妹に関係しているのではないか。もしかしたら、その“姉妹”から手紙が届いたんじゃないか……。そんな可能性まで頭をよぎりました。でも母がそれを必死で隠そうとするのは、一体どうしてなんだろう。どうしてそこまで追い詰められたような行動をとるのか。

 そうして数日が過ぎたある日、母は私に向かってこう言いました。「少しだけ、昔の話をするかもしれない。でも、まだ心の準備ができていない。だから、待っててほしい」と。声を震わせながら話す母の様子を見て、私はそれ以上問い詰めるのはやめました。いつか母が自分から話してくれるなら、それを待とう。それが母にとっても一番いいはずだと、そう思ったのです。

 しかし、その“いつか”は意外な形で訪れることになりました。母が昔から胸の中に抱えていたものは、私の想像を超えるものでした。まさか自分の母親が、実は“誰かの双子の姉”だったなんて……。いろいろ予感はあったものの、真相を知ったときは正直言葉が出ませんでした。

 そして母は、なぜ双子の存在を隠さざるを得なかったのか、それを私に語り始めたのです――。

 ここから先は、私が実際に母から聞かされた話です。長年隠してきた真実を打ち明ける母の表情は、複雑にゆがんでいました。悲しみとも罪悪感ともつかない、さまざまな思いが混ざり合っているように見えました。その話の核心には、“双子”で生まれた姉妹だけが抱える、ある重大な事情が関係していたんです。

 ただ、それは簡単に言葉でまとめられるようなことではありません。母の双子の姉妹が、どんな人生を歩み、どうやって母と別の道を歩むことになったのか。誰がその分岐点をつくったのか。母の苦悩や決断、そして今に至るまでの長い年月が、その秘密の全貌を知るには必要でした。私は母から話を聞くうちに、自分が知りたかったこと以上の重荷を背負い込んでいることに気づき、心が苦しくなりました。

 母は果たして、なぜ自分が双子の“姉”だと隠す必要があったのか。そして、今さらになって母のもとへ手紙を送り、母を動揺させた相手は誰なのか。私は母の言葉に耳を澄ませながら、頭が追いつかないままに必死で理解しようとしていました。でも、母が語り始めた真実のストーリーは、私の想像をはるかに超えるものだったのです。

 こうして私は、まるで現実味のないような、けれどどこか生々しい母の過去を知ることになりました。知りたかった半面、知らないほうが幸せだったのかもしれないとも思います。でも、母と私が本当の意味で家族として向き合うためには、避けて通れない話だったのだと思います。

 次に母が語ったのは、自分が「双子の姉」として背負うことになった宿命と、それを何十年も抱え続けてきた理由。その一端を聞いただけで、私は強い衝撃を受けました。そして、母の双子の妹――存在すら知らなかった“もう一人の母”が、どんな思いで今を生きているのかを考えると、胸が締めつけられました。

 母の人生は、一体どのタイミングでこんなにも大きく分岐したのでしょうか。そして私がこれから先、母の過去とどう向き合えばいいのか。気持ちの整理はまだつかないまま、母との対話はゆっくりと、しかし確実に核心へと進んでいきました――。

 後編では、母が私に明かした衝撃の事実と、それによって私たち家族が向き合うことになった現実について、さらに詳しくお話しします。母がどうしてずっと秘密にしてきたのか、そしてなぜ今になってそれを語ろうと決心したのか。その背景を知ったとき、私は“家族”の形って何なんだろうと深く考えさせられました。母が双子の姉だったという話は、単に“珍しい”というだけでは済まされない、重い意味を持っていたのです。

 この続きは、後編でお話ししたいと思います。母が抱えてきた苦悩と、そこから生まれた切ない再会。そして私がその事実と向き合うときに感じた戸惑いや葛藤。それらが交錯するなかで、母がずっと伝えたかった思いを知ることになりました。最後まで読んでいただけると幸いです。

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