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Split of Spirit 12
六月の生温い雨が降る日、作戦を決行する。
『アンド ロイド』の拠点は現在は利用されていない廃駅。
「僕たちが、あの、警察に通報しました。」
鳴田は恐る恐る、警察官の男に白状する。
「本当にここに犯罪組織があるんだろうな。」
どうやらいたずら電話と間違われているみたいだ。
向けられた恐ろしい形相、尋問されている気分になる。
「え、えっと」
思わず声がどもってしまう。
「俺が調べたんです。」
南場が割って入る。
「あんたは………、誰だ?」
「元教員の南場だ。」
「教員ってあんたね、こんだけ警察官を集めたんだ。
いなかったら覚悟しとけよ!!」
警察官が声を張り上げる。
そりゃそうだ、公務執行妨害もいいところだ。
警察官は50人体勢で、廃駅周辺の道路に通ずる道をパトカーで封鎖し、駅全体を囲うように、配置されている。
ここまで大事にできたのには、おそらく南場の根回しが関係しているのだろう。
「いいか、今回の作戦で、君たちは絶対に容疑者たちに危害を加えてはならない!!
もしそれが犯罪組織だったとしてもだ!!
安全な場所にいなさい!!」
「どうするんだ南場ちゃん………。」
「どうするもこうするもないだろ。」
警察の人たちが見えなくなったところで迂回して、拠点へと歩き始める。
「あいつら、結構強そうだなぁ。」
武内がこれから起こるであろうことなど気にも留めず、目の前の強そうな人間に目星をつけている。
鳴田たちは、そんな武内と合流し、茂みの中から固唾を呑んで見守っている。
騒がしい音が駅の内部から響いてくる。
どうやら警察は動き出したようだ。
「俺たちも早く向かうぞ。」
警察官が駅の中に突入すると、そこには警察官の想定をはるかに超える人造人間が中でうごめいている。
「警察だ!!」
警察官が目の前の人間の身柄を拘束しようとした瞬間、急に暴れ始める。
「お、おい抵抗するな……。」
鈍い音がする。
金属バットで殴られたらしい警察官の一人が、頭を押さえながらうずくまっている。
血しぶきが飛び散り、周りの警察官は戦慄する。
「撤退と並行処理で、攻撃開始。」
吉沢の合図で、人造人間たちは分散し、四方八方に散っていく。
人造人間たちは、多対一を仕掛け、警察官を一人ずつ戦闘不能にしていく。
逃走を図る吉沢。
建物を抜けると、吉沢は何かに気づく。
「やはり一筋縄ではいかないな。」
そこには銃口を向ける、警察官らの姿があった。
「日本生まれだから銃は慣れていないんだ。」
湿気の多い大気の中、乾いた音が響き合う。
銃弾が飛び交い、被弾した人造人間たちは次々と倒れ肉壁となって死してなお他者に利用される。
鳴田たちは、駅周辺を監視している。
「ドンパチ始まったぜ。」
「警察の人たちに任せてもいいんじゃ?」
「さぁな。」
「俺は吉沢とも手合わせしたかったけどな。」
武内が割り込んでくる。
後ろから何かが猛スピードで近づいてくる。
「おい、鳴田!!」
南場が叫ぶ。
木々をへし折りながら現れたのは、女装している芝田と同じくらいの大柄な男。
「私は、仲村。
吉沢さんから生け捕りの命令が出ているの。
おとなしく捕まって頂戴ね。
鳴田クン。」
南場とは比にならないほどの寒気が走る。
「あぁ、何も全員が抵抗しなくてもこの場は穏便に済むんだ。」
どこからともなく芝田が現れる。
そして南場の隣にいる武内を見て、安堵の表情を見せた。
「生きていたんだな。武内。」
「感動の再会はまた今度にしてもらえるか?」
南場が遮る。
あの二人の力量はどちらも今の俺より上だと肌で感じる。
「鳴田、ここは俺たちに任せろ!!」
「……武内、お前。」
「『たち』ってお前、なんで俺戦う前提になってるの?」
「分かった。ありがとう」
「ねぇ聞いてる?」
「よく見れば昔よりガタイよくなったんじゃない?
すっかりいい男ね、二人とも。」
南場と武内を舐めまわすように見る。
「俺も鳴田についていきたいんですけど。」
「拳銃行使の『制圧』(犯人の生死を問わない)許可は本当に下りてるんですか、」
「上の指示だ。
何としても民間人への被害は食い止めなければならない。」
「うっ!!」
本来、飛んでくるはずのない真横から飛んできた銃弾が警察官に命中する。
「おい………何やってんだ!!」
拳銃をもって味方に発砲したであろう警察官が取り押さえられる。
肩をゆすられて正気に戻った。
「え、え、俺は何も……」
銃から手を放す。
「内通者だ!!射殺しろ!!」
どこからか声が響く。
その声を皮切りに銃弾は敵だけではなく、味方の人間にも炸裂するようになる。
気が付くと、警察官で立っているのは一人だけになった。
「脆くて、醜いなぁ、本当に醜悪だ。
人間の『心』というものは」
警察官の服装をした吉沢が、悪辣な笑みを浮かべる。
血だまりの上を、死体を踏み潰すようにして歩く、歩く。
生き残っている警察官を見つけると、玩具を見つけた子供のように無邪気に一直線に走っていく。
吉沢の目の前に見覚えのある人影が映る。
それは虚ろな目をしていて、どこか焦点が合わない。
「警察官たちを殺したのか?」
吉沢の背後の血溜まりを指して尋ねる。
吉沢は答える。
「あぁ、人間たちは愚かだよな、互いを信頼することもできない。
少し恐怖を煽るだけで自らを守るのに夢中になる。
俺だったらそんな人間達で狂わされた世の中を、正しく理想的なものに作り替えることができ………」
「間違ってる、そんなの間違ってる。」
吉沢の言葉を振り切る。
「どこが?」
「警察官が味方を撃ったのは、自分を守りたかったからじゃない。
周りの皆を助けたかったんだ。」
俯いていた鳴田の眼は前を向いている。
「確かに鳴田秀平君ならそう考えるかもしれないね。
でもその考えを他人に強制するのかい?
傲慢だね!!
一人じゃ何もできないのに!!」
「………!」
鳴田は吉沢との距離を詰める。
水飛沫が跳ねる。
(前に戦った時とは比べ物にならないほど成長している。
成長というよりはむしろ…………)
鳴田は右ストレートを繰り出す。
(やはり単調、単調ではあるが鳴田の攻撃が複雑化しているのは確かだ。
前に見切った時とフォームやリーチは変わらないはずなのに何故、素の鳴田がここまで成長している?)
飛んでくる拳をかき分けた合間に吉沢が捉えた鳴田の中で二つの意識が混在しかけていた。
(俺への怒りをきっかけに精神面でシンクロしている。
そしてそのことは鳴田自身も気づいていないようだ。
しかしこれは……!!)
「やはりアチぃ男だな!!鳴田秀平!!」
「………う、…るせぇ!!!」
鳴田は拳の乱打を浴びせる。
鳴田の猛攻に思わず後ずさりしていく。
吉沢が気づくと後ろは大きなコンテナでふさがれている。
「くっ……」
吉沢の背後に逃げられるだけの空間は残されていない。
大きく振りかぶる。
手ごたえを感じたが、渾身の一撃は芝田によって阻まれたことに気づく。
「くそっ」
後ろから南場の声が近づいてくる。
どうやら足止めしていた南場から逃亡し、吉沢と合流したようだ。
「君はやはり面白い。
だが状況が状況、この場は切り抜けさせてもらう。」
吉沢は芝田と共に、逃走を続ける。
「救急車は呼んだ、………鳴田。」
南場の瞳に映る鳴田の眼に光は無い。
多くの犠牲者を出して、抗争は幕を閉じた。