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Split of Spirit 8
―修学旅行当日―
5月の澄んだ空気。
北海道はまだ初夏といえるほど蒸し暑くない。
「は~~るばる来たぜ、函館!!」
南場たちが叫ぶ。
「ここ、新千歳空港なんだけど?」
「つまんねぇこと言うなよ、鳴田~」
男子からのブーイングが入る。
先生たちは、飛行機から出てきた全員の出欠を確認し終わった。
「それじゃあここから班に分かれて自由行動だ!!」
男女二人ずつの班で北海道内を移動できる範囲内で観光するらしい。
ひとまず空港の入り口前で班別になった。
6時までにホテルに戻らないといけないらしいので、それのためにあらゆる緊急時に備えた計画を立てた。
カバンの中から鳴田はあらゆる観光地にマークをしてある地図を取り出していた。
「スマホがあるじゃねえか。」
「俺はアナログのほうが好きなんだ。」
「おいおい、女子勢ドン引きだろこれ。」
松裏がため息をつく。
「それはもう取り出すなよ。」
「お、おう」
鳴田は困惑しながら、松裏の忠言を受け入れる。
「旅っていうのは行き当たりばったりだから面白いんだよ。
それに女子の気分は変わりやすい。
前に行きたいと思っていた場所でも、今日になってみるとそこまで興味が湧かないなんてよくある話だ。」
「うーん」
俺はまだ納得できずにいる。
「飯だってそうだ。昨日今日で食べたいものはコロコロ変わる。」
「何の話してるの?」
槙野さんが俺たちの顔を覗き込んでくる。
「うおっ、由梨さん!!びっくりするじゃん!」
「由梨さん?」
松裏が馴れ馴れしく、槙野さんを下の名前で呼んだことに鳴田が若干の苛立ちを見せる。
「苗字にさん付けなんて小学生じゃないんだから。」
松裏が呆れる。
「鳴田からも下の名前で呼んでもらっていいですよね?」
松裏が槙野さんに尋ねる。
「私は鳴田君には『槙野さん』って呼んでほしいかな。」
鳴田が膝から崩れ落ちる。
耳元で、松裏がささやく。
「チャンスはこれからだ。」
「松裏~~!!」
俺が女だったら確実に松裏に惚れていた。
バスに揺られている。
雄大な山々を横目にこのバスはラベンダー園に向かっている。
北海道に来たならぜひめぐりたい観光地だ。
「うっひょ~!!メロンおいし~!」
「ほんと、あっま~い!」
松裏は班のもう一人の女子を誘ってメロンを食べるのに夢中になっている。
これはかなりの好機。
槙野さんと二人きりになる千載一遇のチャンス。
槙野さんは花畑を眺めている。
ラベンダーの匂いや色が霞むほど、目の前のつつましやかな美が映える。
「一緒に散歩しませんか?」
「いいよ」
ラベンダー園にはアイスランドポピーやチューリップなど様々な色彩が飛び込んでくる。
「花、好きなの?」
「うん。」
「そっか」
素朴な会話が続く。
松裏は木の下の陰から二人の様子を覗く。
「あの二人って幼馴染なんだよね?えらく他人行儀っぽいけど。」
「そこがいいんだよ、」
松裏は思考する。
(鳴田と、槙野さんは小学校、中学校、高校と全部同じ進学先。
しかし、鳴田から声をかけることはなく、ただお互いに顔だけは知っているという状態。
この修学旅行で何か、関係を進展させる一手を打たなければ待っているのは破滅のみ。)
「でも鳴田君と私ってなんだかんだで長い付き合いだよね~」
「そ、そう?」
「ほんと、ぎこちなさすぎ。」
彼女は微笑む。
俺とは到底釣り合うわけもない高嶺の花だ。
結局、会話を続けたぐらいで、ラベンダー園を離れてしまった。
帰りのバスで松裏にデコピンされた。
宿泊予定のホテルの近くの商店街の中にある、根室杉山水産で、海鮮丼を堪能する。
新鮮な魚介が舌の上で踊る。
橋で持っただけでとろけそうな赤身魚は濃厚で白飯とよく合う。
白身魚は淡泊でありながら後味の良い滑らかな脂が程よく口の中に残る。
その極上の海鮮丼の中でもイクラが飛びぬけて上品な味わいだった。
一つ一つの粒にしっかりとした食感があり、弾けたとき、フランス料理のソースのような複雑な旨味が突き抜ける。
「鳴田君、おいしそうに食べるね」
「ほんと?ちょっと恥ずかしいな。」
鳴田たちは大満足でお店を出る。
「おい、何やってんだ!!」
商店街を抜けたあたりから怒号が聞こえる。
どうやら喧嘩が起こっているらしい。
警察が来るまで、仲裁しようと、鳴田は班の三人を置いて、渦中へ飛び込んでいく。
「お、おい鳴田!!」
松裏が呼び止める声は遠くなっていく。
「昔から、ああなんだよね、」
「え?」
「目の前に困っている人がいたら、自分のことなんてお構いなしに助けに行っちゃうんだよ。」
槙野さんは離れていく鳴田の背中を目で追いかける。
「へぇ~」
松裏がニヤリと微笑む。
「何でもない」
喧嘩をしていた二人の男の間に鳴田が割って入る。
すると、待っていたかのように、一人が拳を収める。
「あれ?」
「こいつが急に殴りかかってきたんだ!」
拳を収めた男は意識が途切れたようだった。
困惑している鳴田の後ろから声がする。
「待ってたよ、鳴田秀平君。」
振り向く鳴田の目に映ったのはファミレスで見かけた俺と同じくらいの歳の男子だった。
「俺は吉沢、お前が潰そうとしてる人造人間の組織、『アンド ロイド』のリーダーだ。」
「な、何で」
「場所を変えてじっくり話そう。」
吉沢が鳴田の肩に触れた瞬間、鳴田の意識が途切れる。
―宿泊予定のホテルロビーにて―
「うーん」
南場が首を傾げる。
「何で俺たち観光しちゃダメなんすかね?」
「そりゃあ、生徒たちが安全に帰ってくるのを確認するのが今の私たちの仕事ですから。」
副担任の小内先生が、南場を説得する。
「危険なことなんて無いと思うけどなぁ~」
松裏たちが息を切らしながらやってくる。
「ど、どうした?」
「南場先生!!鳴田君が……拉致されたみたいなんです!!」
「……………マジ?」