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ガラスのハート case②

 のりすけ君は、去年から塾に通い出した長男の、塾仲間でもあるようだった。

 学校も去年から同じクラスであり、学校の休み時間は一緒に遊ぶ仲ではあったが、帰宅後の私的な時間まで遊ぶほど仲良くは、なかったのだ。
 
 それがどうしたことか。
 数ヶ月前より毎週日曜日は一日中、一緒に遊ぶようになった。男の子のことだから、自転車で行ける範囲で遊び場を見つけ、遊んでいるようだが、最近彼らの間ではまっているのは、商業施設の中の、ゲームセンターに置いてある釣りゲームで、魚が釣れたらコインが獲得出来るという、コインゲームであった。
 
 「釣りゲーム」は、息子が持っているテレビゲームのソフトにあるのだが、テレビゲームでする「釣りゲーム」は、簡単に獲物が釣ることが出来るようなのだ。
 ゲームセンターでは、なかなか釣ることが出来ない。だから何とか獲物を釣りたくて、何度でも挑戦してしまう。その繰り返しであるようなのだった。
 
 当たり前だ。ゲームセンターも、客に獲物を釣らせてばかりいては、食べていけない。何とか客からコインをせしめてやろうと、釣れそうなギリギリまでひっぱり、更にコインを投入させるのだ。
 
 息子ものりすけ君も、実はゲームセンターの釣りゲームは、結構やり込んでいて、上手いのだ。いつもコインを増やして、帰ってくるのだった。
 
 たまに大物を釣ってくる物だから、更にコインが増えていく。そうこうしている間に、のりすけ君が、ある日大物を大当てしてしまい、2000枚近くのコインが、出てきてしまった。コインの搬出口が、詰まってしまったくらいのようだ。
 
 仕方ないので、店員さんに伝えて詰まりをとってもらうのだが、店員さんも2000枚数えるのが面倒臭いのか、後残りのメダルについては、カウンターから新たに、コインが山盛り入ったプラスチックのカップごと持ってきて、彼らの前に何箱か、差し出したようだった。息子曰く、2000枚以上は、あったそうだ。
 
 その日息子が持って帰ってきたウエストポーチは、見るからにどっさりと重そうだった。嫌な予感がすると思った途端、数え切れないくらいのコインを、ウェストポーチから直に、取り出す息子であった。
 
 のりすけ君のお家では、コインをご両親に取り上げられてしまうようなので、息子に預かって欲しいと言われたようなのだ。
 お金に換算すると全くの無価値であるこのコインだが、預かった息子は、のりすけ君のために、一緒に遊ぶ時、遊ぶ枚数だけ持っていけるように、我が家が銀行代わりに預かっておく役割を、買って出たのだった。
 
 無数にあるコインを嬉しそうに数える息子。友達と一緒に遊んで、楽しいんだろうなあと、主人と一緒に、愛しそうに我が子を見つめる我々夫婦であった。
 
 しかし問題が起きた。ある日のりすけ君と息子がゲームセンターで遊んで帰ろうとしたところ、店員さんに、コインは持ち帰りは出来ないと、注意されてしまったようなのだ。余ったコインは、ゲームセンター内に置いてある、コイン預けマシーンに、預けておかなくてはいけないのだ。
 預けられない人は、ゲームセンターに返さなくてはいけない。持ち帰っては、いけなかったのだった。
 
 しかしコイン預けマシーンは、使用年齢16以上で、16才未満の子ども達は、保護者同伴でないと、いけないようなのだ。それに困ったのりすけ君と息子は、早々とゲームセンターを後に、帰ってきたのだ。
 
 どうしたものかと、相談し合う2人。子ども同士の相談事に関わってはいけないと、最初のうちは放っておいたのだが、息子達の方から、相談を持ちかけられたのだった。
 
 要は、コインが持ち帰り禁止なので、預ける時と出す時に、付いていて欲しい、という事だった。
 
 まあ、それはそうだろう。大人がいないと、コインの出し入れが、出来ないのだから。とりあえず我が家には、2000枚近くのコインがまだ、眠っているのだ。2人は、それを一旦全て、コイン預けマシーンに預け、遊ぶ時ごとに、数枚ずつ出したいようなのだ。
 
 その相談を持ちかけられたのが15時半くらいだった。コインゲームのコインで悩んでいる彼ら。まあどうでも良いと言えばどうでも良い事なのだが、中学校に進学すれば生活自体も変わり、今みたいに遊べるのは卒業までの後3ヶ月くらいだなと判断した私は、ガラスのハートの息子と、その息子にぐいぐいと入り込んで友達になってくれ、遊びに誘い、夢中にさせてくれたのりすけ君のために、早速、コインを預けるために必要な「保護者」として、2人を連れて、コインを預けに、ゲームセンターに乗り込んだのだった。
 
 のりすけ君は、とても明るく気さくで、30才以上も年上の私に対しても気軽に話しかけてくれる、とても面白く楽しい子である。
 反対に長男は、素直で優しい子ではあるが実に内向的で、見知らぬ大人に対してなんか、決して気さくに話すことなんか出来ない。同級生ですら、あまり話しかけられないのだ。
 
 そんな息子に対し、ぐいぐい来て遊んでくれるのりすけ君は、最高の相性の友達だと思う。自分からは行けない息子なので、強引なくらいが丁度良いのだ。
 
 息子と遊ぶ約束をしたわけでもないのに、家族でお出かけして車で帰ってくると、玄関前に一人たたずむのりすけ君がいたことも、あった。
 暇だから、遊びに来た、ようなのだ。なんて強引な。何てぐいぐい来る子なんだ。

 素敵だ。引っ込み思案の我が息子には、ぴったりだなと、思った。

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