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完成までを 楽しめたなら
大学一年生の初夏だったと思う。
とある休日に、京都に行った帰りである。
京都の大きな本屋さんに立ち寄った時、たまたま目に付いたのが、「カントリードール」という雑誌だった。
いかにも手作りの、古いアメリカを感じさせる人形が、表紙を飾っていた。私はすぐにその雑誌を手に取り、ページをめくったのだった。
凄く可愛い!というわけでははないが、味のある独特な、古い雰囲気のある手作り人形達が、そこに載っていた。
これ、手作り人形じゃない?
もしかして、人形が作れるかもしれない!
その雑誌は、作り方の本ではなく人形の紹介が主な内容の雑誌だったと思うが、作り方もほんの少しだけ、載っていたのだ。
そのため、その作り方を参考に、私は「カントリードール」を作ってみようと、思ったのだ。
「カントリードール」とは、アメリカの西部開拓時代、古くなった衣服や衣類の端切れなどを使い、母親が子どもに作ってあげた人形である。当時の人形は本当に使い古した生地を使っていたので、そのくたびれ感がまた、人形に独特なぬくもり感を、持たせていたと思う。
しかしカントリードールが日本で有名になり、影響された私が、カントリードールを作ってみようとするわけだが、勿論使う生地はみな新品。ドール製作のためだけに生地を買うのだ。
そしてあの、独特の時代を感じさせる雰囲気をまとわせるために、新品の生地を、わざと紅茶液やコーヒー液を使って、茶色く染めていく。
ティーパックで煮出した紅茶液やインスタントコーヒーを溶かしたコーヒー液を使い、その液に新品の生地を浸けると、真っ白い生地もたちまち茶色く変色してしまう。アンティーク感が、出てくるのだ。
凄い技だ。わざわざ新品の、シミ一つない生地を、古めかしく使い込んだ雰囲気を出すために、無理に茶色く染め上げる。
紅茶やコーヒーに浸けるだけで、良い感じの茶色加減に、染め上がってしまうのだ。なんて斬新な裏技なんだ。
目新しい作業は愉しかった。綺麗で鮮やかな生地を、古く使い込んだ感を出すために、どんどん茶色く染め上げていく。その時の私は、綺麗な生地を無理に変色させるこの作業について、勿体ないという感覚は、全く持ち合わせていなかった。
むしろ購入した綺麗な生地をどんどん茶色く染め上げ、これでアメリカの古き良き時代感を表現できそうだと、大層ご機嫌だった。
茶色く乾いた生地は、ドールの本体や洋服に、仕上げていくのだ。
ドールの作り方自体は本当にシンプルで、作りやすかった。ドールに着せる洋服も、難しいように見えるけれど、高校時代にはまったバッグ作りよりも、遙かに簡単であった。
当時カントリードールはちょっとしたブームだったので、ドール作りに使う小物を売っている手芸店なんかもあり、頻繁に買いに行った。
ドールの髪の毛に使う人工的な毛髪も売っており、これをドールの頭に、作りたい髪型を意識しながら、グルーガンで貼り付けていく。
「グルーガン」なる接着剤も、この時はじめて知った。とても便利な接着剤で、熱でプラスチックのスティックを溶かして接着する道具である。
カントリードールにはまり、やり込んで落ち着いてきた頃、「人形」という大きな分野では同じような、「テディベア作り」の本も手に入れ、並行して製作にいそしんだのだった。
テディベア!熊のぬいぐるみが自宅で、作れるのか。
それもまた、衝撃だった。ぬいぐるみ独特のあのふわふわした生地。「モヘア」というぬいぐるみに使うふわふわの生地、市販で売っていたとは。
モヘアまた、生地屋さんで調達した。
生地は見た目通りもふもふで、ハサミで切ったら、ほこりのような、バラバラに散らばった毛がチラチラと、宙を舞う。
テディベア作りは、部屋が本当にほこりだらけになってしまうのだ。
それでもテディベアの作り方の本を片手に、手でチクチクと、立体のパーツを縫い合わせ、綿を入れ、ジョイントしていく。
思った以上に難しい。やはり立体物は、縫い加減で微妙に全体のベアの雰囲気が、変わってくるのだ。
若者のベアにしたかったのに、ジョイント時に前屈み気味のおじいさんベアになってしまったり、顔のパーツを作る時、目と鼻と口のパーツの大きさや距離加減で、全く違う顔つきのベアになってしまうのだ。
頭の中で描いたベアのように、実際は全然上手く仕上がってくれない。
丸い曲部を丁寧に縫ったつもりで、ひっくり返して綿を詰めたら、歪な角が立ってたり。納得いかない仕上がりばかりであった。
しかし、愉しかった。本に載っているとおりのベアを作るほど上手くならなかったが、何体か作ったら、ドール作りで得た洋服作りの知識を生かし、ベアにもまた、洋服を作り、着せてあげたのだった。
テディベアも、本格的に作ろうと思ったら、結構手間と時間がかかるものだ。頭や手足を胴体に合体させるために、「ジョイント」という金属のパーツを揃えたり、「目」を、簡易なプラスチックにするだけでなく、ガラスから出来ている「ガラスアイ」にしたら、更に本格的な「テディベア」になる。
本格的なベアにするには、ジョイントもガラスアイも拘って付ければ良いのだが、簡単に付けることは出来なくて、専門の道具や、技術がいるのだった。
「面倒だな・・・。」と思い始めた私は、ドールとテディベア作りを、一旦お休みすることにした。
手作りをしている時にしばしば思うことがある。
作っている時はいつも、自分の心の中にある完成品を目標に、作り進めていく。
その立派な完成品が実際に欲しくて作っていくわけだが、本当に欲しい物は、完成品ではなく、完成の途中にある、このわくわく感や充実感ではないかと、ふと思ってしまうのだった。