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祖母のしわしわの魔法の手
祖母はいろいろ「手作り」していた。味噌や梅干しなどの保存食は勿論、普段使う布小物。日用品に至っては、壊れても壊れても、何度でもリメイク・リサイクル。「手作り」と「作り直す」の繰り返しだった。祖母にとって「手作り」は、趣味やお洒落なんかでは決してなく、生活の一部となっていた。
だから「手作り」なんて、私にとっては当たり前にそこにあったし当たり前に感じていたが、それはやはり祖母の影響だろうか。
「手作り」に興味があった私は、冬の寒い時期に祖母がもくもくと編んでいた、かぎ針編みが、幼い頃は無性に気になってしょうがなかった。
かぎ針編みとは、先端にフックが付いたかぎ針1本を使って編んでいく編み物だ。右手で器用にかぎ針を動かし、一目一目、編んでいく。編み上がるまで、ずっと同じ作業をし続けるのだ。何だか気の遠くなるような作業だが、一目一目真剣に編んでいる祖母の姿と、出来上がっていく編み物を見比べ、いつもいつも羨ましく思って、そんな祖母のしわしわの手を、ずっと見続けていた。
「私も編んでみたいなあ・・・。」幼心に抱いた、羨望感であった。
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祖母は、毛糸を何度もリメイクして、座布団カバーや足踏みミシンのカバーに編み直したりしていた。何らかのカバーやストールのような物もあった。家にある余り物の毛糸や、何かをほどいた後の毛糸は、いつでも使えるように、大切にお菓子の空箱にしまってあった。
祖母の作ったリメイク作品は、今みたいに、可愛さやお洒落を意識した色合いや出来映えでは決してなく、むしろみすぼらしさが勝つ出来映えであった。でも、物が無く、何でも大切に何度でも使う大変な時代を生き抜いてきた祖母にとって、生きていくための知恵として、手作りや作り直しが、自然に身に付いていったという感じだ。
祖母にとって「手作り」とは、愉しむ物ではなく、生活の一部であったと思う。好きとか嫌いとか、楽しいとかつまらないというものではなく、家事と同じ序列で並ぶもの。そういう感じを受けた。
憧れのかぎ針編みは、小学校3年生くらいに、はじめて祖母から教わった。でも、小学生の私には、難しいのだ。簡単なマフラーでさえ、歪な形に仕上がる。結果を言えば、「挫折した」。それでも、編んでる時の「恍惚感」は、忘れられない。一目一目編む、少しずつ仕上がるわくわく感は、やみつきだ。