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ユニットテストは地味?いや、ショータイムだ!
はじめに
ある日の午後、私の机の上に積み重なったコードを眺めながら、ふとユニットテストについて思いを巡らせていた。
エンジニアとして過ごしてきた日々を振り返ると、かつては単なる作業のように感じていたテストコードの作成が、今では私にとって深い意味を持つようになっている。それは、まるで庭師が丹精込めて木々の剪定をするように、コードの健全性を守り育てる大切な営みなのだ。
今回は、普段なかなか語られることのない、このテクニカルな分野について、私なりの思索を綴ってみたい。ユニットテストという、一見無機質に思える作業の中にも、実は私たちエンジニアの成長を促す大きな可能性が秘められているのではないだろうか。
テストに向き合う姿勢を少し変えてみるだけで、日々の開発作業がより充実したものになり、そして何より、私たち自身の技術的な視野が広がっていく─そんな気づきを、この記事を通じて共有できれば幸いです。
ユニットテストの役割
ユニットテストは地味か
窓辺に差し込む柔らかな光を眺めながら、「テスト」という言葉の持つ重みについて、しみじみと考え込んでしまう。
確かに、「テスト」という言葉を耳にした瞬間、多くの人の心に浮かぶのは、学生時代の試験会場の緊張感や、赤ペンで書き込まれた採点の跡。そして品質管理における合否判定など、どこか窮屈で息苦しい印象なのかもしれない。
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私自身も、かつてはそうだった。丸つけされた答案用紙を受け取る時の緊張感や、「基準に達しているか」という評価の物差しに縛られ、何か大切なものを見失っていたような気がする。
考えてみれば、この「テスト」という言葉自体が、私たちの意識を知らず知らずのうちに「減点方式」という枠組みへと導いているのかもしれない。まるで古びた額縁が、その中の絵画の見え方を制限してしまうように。
そう、これはまさに「テスト」という言葉が持つ呪縛なのだ。その名前が、私たちの認識を知らず知らずのうちに縛り、本来あるべき姿を見えにくくしているのかもしれない。
実際に、Wikipediaにはこう書かれている。
単体テスト(たんたいテスト)あるいはユニットテスト(英語: unit test)とは、ソースコードの個々のユニット、すなわち、1つ以上のコンピュータプログラムモジュールが使用に適しているかどうかを決定するために、関連する制御データ、使用手順、操作手順とともにテストする手法である[1]。
夕暮れ時のオフィスで、モニターの青白い光に照らされながら、ふと新しい気づきが私の心を捉えた。
「理性との勝負」─そう、これまで私たちは、ユニットテストを義務や規律として捉え、理性を振り絞って向き合ってきた。それは時として重荷となり、創造性を押し殺すような窮屈な営みだったのかもしれない。
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しかし、「ショータイム」という言葉が、私の心に新しい光を投げかける。そうだ、ユニットテストとは、私たちエンジニアが自らの技を披露する舞台なのだ。まるでジャズミュージシャンが即興で奏でるソロのように、あるいは料理人が腕によりをかけて一皿を仕上げるように。
コードを書き、それを検証する─その一連の流れは、私たちの技術力と創造性を存分に発揮できる華やかなステージなのかもしれない。そう考えると、これまでの重圧から解き放たれ、むしろワクワクとした期待感すら湧いてくる。
ユニットテストは、もはや義務でも規律でもない。それは私たちエンジニアの才能と情熱を輝かせる、まさにショータイムなのだ。
ユニットテストは新しい武器のショータイムである
まずは「より良いユニットテストとはどんなものなのか」についてご覧頂きたい。このような記述がある。
ユニットテストはプログラムとして実行できる仕様書となることが特徴です。(中略)
クラスやメソッドの仕様をプログラムとして記述するならば、あいまいさが含まれることなく明確に記述できます。
休日の朝、ふと子どもの頃の思い出が蘇った。テレビの前で夢中になって特撮ヒーローを見ていた、あの頃の純粋な興奮を。その記憶は、今の私にユニットテストの本質を語りかけているように思える。
良いユニットテストとは何か。それは、まるでヒーロー物語のように、コードの真価を魅せる舞台装置なのだ。
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想像してみてほしい。新しいヒーローの武器が登場するCMを。「この剣は敵を倒せます」という説明だけでは、子どもたちの心は動かない。それは、ただの無機質な説明書きに過ぎない。
しかし、その武器がドラマの中で実際に使われ、これまでのキックで倒れない強大な敵を打ち倒す瞬間を目にしたとき─。子どもたちは目を輝かせ、「パパあれかって!!」と叫ぶだろう。その武器の真価が、実演を通じて雄弁に語られたからだ。
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ユニットテストも同じなのだ。私たちエンジニアは、コードという主人公の物語を紡ぐ演出家。テストという舞台で、コードの機能を生き生きと演出し、その価値を証明していく。それは単なる仕様書ではない。動く、息づく、生きた証明なのだ。
テストを書くことは、コードの物語を紡ぐこと。その物語が、コードの真価を最も雄弁に語る仕様書となるのだ。
これから初めて悪役を倒すショーを作るキミも、そして今のプロジェクトで倒す残りの悪役を数えている歴戦のエンジニアさんも。私はヒーローである貴方方を心より応援申し上げます。
注意:現状執筆ここまでです。
そんな私に良い脚本(ユニットテスト)の書き方の出稿を希望される方はイイネかお便りを募集しております。
続編予定:『良いヒーローショー(テストコード)の書き方』(100円程度の予定)