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障害者の就労実用性の評価手法が変わる?:逸失利益算定の新基準(大阪高裁判決)
社会保険労務士の松原です。
【本日のテーマ】
「障害者の就労実用性の評価手法が変わる?:逸失利益算定の新基準(大阪高裁判決)」
ではどうぞ。↓
1月20日午後、大阪高等裁判所で「聴覚障害者の逸失利益は健常者と同じ基準で算定すべき」という判決がありました。障害を持つ方の労働能力、稼得可能性について、より公平な視点を求める重要な一歩と評価されているニュースです。
私は月一回、鳥取県米子市内にある就労移行支援事業所で、利用者さん向け勉強会で講師を努めています。就労移行支援事業所とは、“一般就労を目指す障害のある方の訓練機関”です。規定上限期間である2年間、就労に関する様々な知識や技術を身につける福祉系サービスのこと。そこで月一回90分間、利用者の方向けに、お金との付き合い方(残し方・貯め方・増やし方)、社会保険・労働保険制度、働き方に関するルールなど諸々について、身近なニュースを踏まえてお伝えするプログラムを担当しています。
ほんとプログラムの毎度のことなのですが、利用者さんである障害当事者やお身内が抱える課題の幅広さにハッと気づかされます。特に、労働市場での評価や賃金格差の問題は深刻。訓練前の就労エピソードなどを聞きますと、まさに生活に直結しているからです。
だからこそ、働き始めてからの働きぶりが適切に評価されるのだろうか?という不安は、仕事そのものや元々の生活自体に不安があれば、より高まって当然だと思うのです。
何の裁判に関するどんな判決だったのか?
ニュース報道はこちら ↓
暴走した重機にはねられ死亡した、先天性難聴がある女児(当時11歳)の遺族が、運転手側に計約6,100万円の損害賠償を求めた訴訟の控訴審判決。判決では「逸失利益」について、「当然に減額する程度の労働能力の制限があるとはいえない」とし、障害がない子供と同じ基準で算定した額の賠償を命じたというもの。
「逸失利益」とは、不法行為などの被害によって本来得られるはずだった利益が得られなくなったこと。「この不幸な事故が起こらず大人になって働いていれば、このくらいは稼いでいただろう」というものを具体的金額に置き換えるということ。損害賠償請求項目のひとつです。
つまり第一審の地方裁判所では、「障害があるから賠償額は減額で」との判決だったということです。示されたその割合は健常者の85%。これにご遺族が納得されなかったということで、高等裁判所で争われたものでした。
実は、従来から逸失利益算出には「障害がある人は、健常者ほどの収入はないだろう。」という前提をあてはめるのが通例でした。障害者が健常者と同じように働き同じような収入を得る可能性を、社会が軽視していたということかもしれません。
しかし1月20日の判決では、「障害があっても健常者と同じ基準で評価すべき」と明示された。つまり、障害者の労働能力を一律に低く見積もることの不当性を指摘されたのと同じ。障害があってもなくても、社会で果たす役割を個人別に正当に評価し、多様な可能性を認める視点がもたらされたとも言えるのではないかと思います。
総じて、「障害者が健常者と同じように働き、同じような収入を得る可能性は低い」という社会の先入観が、裁判を通じて見直されるきっかけとなるのではとの期待も込められた判決。実際、健常者より高い収入を得ている障害者はいます。特定のスキルや能力に関しては、障害を持つことでかえって集中力や工夫が高まるケースもある。健常者より収入で勝る個人や分野もあるというのは現実なのです。
危うい「働いて稼げるなら障害年金要らないんじゃないですか?」論
ただし、「健常者と同等に稼げる(とされる)のであれば、障害年金などの社会保障は要らないだろう。」という風潮が生まれる可能性も指摘しておく必要があると考えます。可能性というより危険性。
障害年金はたしかに現金給付です。その分、生活に余裕ができて助かる。だけど、単に収入不足を補填するだけの制度ではない。障害があることで生活や就労に伴って特別な負担が生じるため、それを社会全体で支えている仕組みなのです。健常者が実感も想像もしない負担があって、それには出費が必ずセットになるということ。
だから、たとえ一般就労して規則的に一定の収入を得ている障害者であっても、日常の健康管理、日常の移動、そしてそれらを支援する機器購入等、様々な場面で当然に費用のかかる場合がありえるのです(というか、たいていそうです)。さらに、夜勤は無理、出張も制限がある、残業は許可が得られない等就労にも制限がある。そうなると、制限が何もない健常者と同等の処遇が難しいこともある。処遇というのは、給与の伸びや昇進のこと。こうした特別な負担や不足は、健常者と同じ基準の収入を得るだけでは、全く解決しないのです。
また障害者の中には、健康状態や障害特性からフルタイムで働けない人も大勢います。となると、障害年金と就労収入との組み合わせで、ようやく生活を維持できるということが言える。むしろそういう方が少なくない。
何が言いたいかというと。“就労が可能であることと障害年金を受ける権利を持つことは両立する”ということです。就労と障害年金をわざわざ【対立軸】として考えるのは、集団社会生活の本質を根本から見誤ることになりはしないでしょうか。そういう哲学で制度設計されているのだ、と言っても過言ではないと思うのです。
だから私は普段から、“障害年金をベース収入として、就労できるなら可能な範囲でそうする”という生活スタイルをご案内しているのです。フルタイムの仕事がこなせる方は、ベース収入を給与としても何の問題もありません。
私は、手続の前線で当事者に関与する立場として、制度設計時の哲学を理解した上でことにあたる必要があると考えます。当然、普遍的哲学を基本として、運用によって守られる範囲は時代によって変化することはあるでしょう。でも、哲学を変えたらおかしな社会に変わるだけではないかと。
「健常者と同等に稼げるなら、障害年金など要らないだろう」という考えが頭をよぎったときは、(仮に自分が当事者の立場になったとしても、同じことが言えるかどうか?)ということを考えてもらうと良いかと思います。
障害を持って働くということ
障害者が健常者と同等に働いて稼ぐ環境を整えるには、職場での合理的配慮や社会的支援の充実は不可欠です。企業や同僚の理解、働きやすい制度設計、プラス政府・基礎自治体の支援も重要です。
今般の判決が示した公平性を実現するためには、単に賃金や逸失利益という「お金」の算定方法を見直すだけでなく、社会全体が障害者の持つ可能性を最大限に引き出す努力を続ける必要があると考えます。
まとめ:
このニュースを通じて、障害者が仕事を通じて充実した生活を実現すること、そしてそれを支える制度の意義について、あらためて考えました。
不幸な事故が発端ではありますが、この判決があらためてのきっかけとなり、障害者も健常者もお互いを思いやって皆が自信を持って働ける社会、そして障害年金を含む様々な制度が真に役立つ社会が実現することを願ってやみません。
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