お笑い芸人はラジオで輝くーウエストランド編
今更なのだけど、お笑いはラジオが真骨頂であると思う。
かつてはラジカセのチャンネルをひねり、今はポッドキャストをタップするという違いはあるにしても「ラジオ的なもの」への愛着というのは大きい。Youtube芸人が増えているのも本質的には同じ路線であると思っている。
ラジオ的なものというのは、話術だけで笑わせるのはもとより、日常生活と密接した話を聞ける面白みがあり、定期的に更新することで回を重ねるごとにキャラに親しみがわき、リスナーとのやりとりが次第に巧妙になっていき、生きている年月すべてをリスナーとともに笑いのまな板に載せていく様が最高にスリリングなエンタメだ。
それを最近また実感したのがウエストランドである。
M-1を制して有名になった彼らは、実はラジオは10年選手である。ユーストリーム時代から勝手に放送を続けている野良ラジオの猛者なのだ。
今回はあるラジオ回の内容を紹介しながらウエストランドの魅力について語りたい。
※けっこう古い回です※
※お笑い素人の単なる感想です※
ウエストランド ぶちラジ #456 僕らを守らないで(褒)
恋愛推奨派
恋愛バラエティに出演した井口氏。
「こういう仕事だけしていきますよ!」
「モテたいという欲が大事!」
「芸能人と付き合いたいとかいう欲がないと芸人なんて続けられないんだから! ピュアな気持ちだけじゃダメ!」
河本「ほんま大事よな、そういうの。◯◯さん(辞めた芸人さん)はそういう欲がなさすぎて、いつも煤けたような格好してきてたしな…火の中くぐってきたんかいうような」
井口「ああ、祭りとかのね…いや、そんなやつ社会で生きていけないよ!」
ウエストランドの二人は一貫して恋愛推奨派である。
弱者男性のルサンチマン持ちのように見える井口氏(失礼)なのだけど、実は物凄く真っ直ぐに「恋愛しろ! しないからダメなんだお前らは!」とリスナーを叱責するタイプ。
単純に女好きというよりは「社会的に正しく生きるための訓練のひとつ」と思っているふしがある。モテたいという欲があればこそ欲のコントロールや努力や身だしなみを学ぶのである、というスタンス。
彼が「若いうちにやっておけ!」と勧めるのは「恋愛と勉強」である。
めちゃくちゃ真っ当。正論。クリーン。向社会的。
女性関係肉食派(でありたい)という点で古いタイプの男性性の強いお笑い芸人にくくられる世代であるが、昨今のニュートラルな若手を牽引するような真っ当さもある。彼らが谷間のジェネレーションであることも影響しているのだろうが、このバランスが非常に面白く痛快だ。
毒舌をクリーンに行っている現代的なおっさんなのだ。
ちなみに河本氏は悪びれのない女好きなのだが、女好きを超えてもはや「きれいなものやエロいものはなんでも好き」という側面があり、仲の良いイケメン男性芸人の写真を隠し撮りしたフォルダを持っていたりする。
雑食性が強く、ある意味、より古いタイプの男性なのかもしれない。戦国時代ぐらいの。
悪夢に打ち勝つ井口
舞台に上がる直前なのに着の身着のままでネタもない、という芸人によくある悪夢に襲われて焦ったが、奇跡的にアドリブが閃いて「いける!」となった井口氏。逆に夢がさめてがっかりしたそうだ。
試験や発表などの大舞台なのに全く何も準備できていない! という悪夢は鉄板だが、それに打ち勝った人をいまだかつて聞いたことがない。
ああいう夢にそういうルートあったって知ってました?
発想力、瞬発力がずば抜けているし、深層心理的な夢の世界で打開するというのも心底精神力が強いことの証拠だと思う。
M-1優勝に値する精神力を象徴するようなエピソードであり、リスナーに井口様と呼ばれる所以である。
ウエストランドは僕!
タイムマシン3号にあった時に「あれ、(河本)太は?」と相方の方を先に求められ「なんでだよ!」と憤った井口氏。
井口「久しぶりにウエストランドにあった人が最初に河本を求めるはずはない! っていう怒りですよ。まず僕でしょ! ウエストランドといえば」
河本「タイムマシンさん引いてたな、流石に」
井口「でもこれは譲る気ないから! ウエストランドは井口!」
河本「タイムマシンさんは俺のこと大好きじゃけ。こないだ2日連続でそれぞれと飲んだし」
井口「相方と飲んだやつを次の日誘っちゃったっていうね」
河本「穴兄弟みたいな」
井口「…一気に冷めるな〜しかし」
河本「これがお笑い速冷まし選手権※」
※河本氏がキャンプ仲間と参加して日本代表になった「テントサウナ速あたため選手権」にちなんでいる。
ウエストランド=井口、というのはお茶の間にも浸透している常識で、それを傘にきて井口氏が河本氏をけなしすぎると炎上したこともあるが、ラジオにおいては逆…ではなく、より助長されている。
井口氏はリスナーに井口様と可愛がられ…いや、崇められており、河本氏はとにかく不出来をいじられている。一歩間違えば不快ないじめに見えたり不仲になって解散してもおかしくない深刻な能力格差だが、ウエストランドの場合それを助長することによってさらなる面白さ、親しみやすさ、愛らしさが生まれている。これはウエストランドの芸風そのものでもあるだろう。
一般の人が話すのを躊躇したり良い人風の言葉で濁しておこうとするところを、あえてまな板に載せ、勢いよく包丁を振り下ろすのがウエストランド、というより、ウエストランドの井口なのである。
このさばきっぷりは非常に好感が持てる。とにかく音が小気味い。そして根っこに人間愛というか、ポジティブで自立した明るい信念やエネルギーを感じるのである。
ある自殺率の低い地域には「病は市(いち)に出せ」という言葉があるという。
弱みや病みは隠すほど悪くなるものなので、みんなの見えるところに陳列したほうがいい、という意味だ。恥ずかしくとも、つらくとも、それが事実でありそれが人間、という達観した視点がある。これは井口氏にも通じるところがあると思う。
井口氏はこきおろすときに愛があるというと語弊があるが、相手と自分の力量の違いを客観視してなんとか面白く仕上げようとしている。どろっとした愛憎がないのだ。カラッとしている。怒りはエネルギーの根っこにあるとは思うがすべてネタに昇華されているんである。
じゃあドライなお笑いマシーンなのかと思うとそんなこともない。じわっと濃厚な情がある。
長年一人で孤軍奮闘・獅子奮迅の活躍をしつつも、給料を折半し、河本家族を養っている男である。人前では散々河本をこき下ろしてもけしてプライベートで怒らないという人間である。
そう、これはラジオリスナー(通称ソルジャー)は十分承知だと思うが、井口氏は非常に情が深い生き物なのである。
井口氏は河本氏の至らぬところをかばうのではなくズバズバ指摘してまな板に載せる。それによって笑いを取る。河本氏はそれが井口氏の情けだと知っている。それでも精進できない性分の河本氏を井口氏がさらにいじる。たまに河本氏が「そんなとこに飛ばすか?!」というような奇妙なヒットを打つ。そんな関係性や履歴を含めてリスナーにとっては最高に面白いウエストランドワールドなのだ。
芸人プロレスがわからないファンと河本
あるライターに散々な表現をされるウエストランド。
井口「売れない、モテない、みっともない、ってなんなんだよそのキャッチフレーズ。あと這い出すってなんだよ。ゴキブリって言葉はしぶとい根性って意味で使ってんのに、這いだしたらそれはもう本当にゴキブリなんだよ!」
河本「よっぽど汚く見えてるんじゃろうな、俺らが」
井口「…こういうこと言うと本気でひどーいって言ってくれるファンいるけど、違いますからね。わざと酷いこと言われてそれに突っ込むのが僕たちの仕事ですから。よく言ってくれた~言い返してやるぞ~って思ってんすから。そう言うのがまさにゴキブリ根性ですからね。ネタをなんでも真に受けずカッコの中の文を読み取って下さいね!」
河本「そういうの俺もわかんないんだよな。読めん。国語の成績が0なんじゃろうな」
井口「お前、本当できねえよな。ノリを止めるというか」
河本「結局速冷まし選手権になる」
この「毒舌はネタである」「言葉のプロレスショーしてんだよ」というメタなお約束は、日常生活でも頻繁に発生するし、河本氏のようにそれに「読めない、ノれない」というタイプも多いと思う。お笑い芸人としては致命的だが一般人からすると逆に面白い。笑いの不文律をわかりすぎている男とあまりにわかってない男、芸人コンビでその構図が成り立つことが稀なので、新鮮に感じるのだ。
わかりすぎている男の繰り出す話術はもちろん小気味よく、締りがよく、後味スッキリである。「うまいなあ~」と思う。
しかしわかっていない男から飛び出す言葉は、予測不能で、インパクト大で、遅効性の毒のようにじわじわ効いてくるのである。
「自分は今何を聞いたんだろう?」
これが河本マジックである。
体が泣いた河本
口にした冗談が滑った河本氏(恒例)。
井口「え、ちょっと…何? 今の」
河本「めちゃくちゃおもんないだろ」
井口「ここ数ヶ月で一番つまんない可能性あるな」
河本「えらいもんで俺自身も笑ってないもん。気持ち悪いもん」
井口「いつもは自分で笑うのにな」
河本「僕もういくら滑っても感情がないんすよ、滑ってもなんも思わない。けどこないだ本当に体が勝手が反応して涙だけ出てきたっていうことがあって」
井口「ライブ中にすべって、エンディングにぱっと顔見たら泣いてたんだよね」
河本「もう何にも思ってないのに、滑るのなんて日常茶飯事じゃけ、でも体だけ反応して勝手に涙がつーっと」
井口「見てらんないよそんなの!」
河本「あれ怖かったな〜」
これは本当に怖かった。というか、ノンフィクションの凄みがあった。
すべっても愛嬌がある河本氏にほのぼのしていたかと思うといきなり
「すべるのがつらくない人間なんていない」
という現実に殴られる。い、痛い……
「見てらんないよそんなの!」という井口氏の言葉が本当に見てらんなさ満載で情を感じつつも、最後の本人の呑気さが怖すぎる。
すごい。まさに河本太ここにありという感じの回だった。
吉田豪さんが「河本さんは、お笑いの面白さというよりノンフィクションの面白さ」と仰っていたが言い得て妙すぎるのである。
以上、勝手につらつらとウエストランドの好きな点を語った。
ちょっとでも気になったらぜひYouTubeかPodcastで配信を聞いてみてほしい。びっくりするぐらい毎回面白いので。しかもそれが何百回もストックされているのでたっぷり楽しめることうけあいである。