【創作】強者からみたソレは
とある日の音楽堂のステージで、合唱部による県大会予選が行われていた。
ポロン、ポロンと静かにピアノの伴奏が鳴る。流れ出したメロディーが空気に乗り、会場の1番奥まで音を届けた。
指揮者の指示により、スッと音を響かせ30人が一斉に息を吸う。
天使のような繊細なソプラノが。厚く、落ち着いたアルトが。曲に深みを出すメッゾソプラノが。
それぞれが「主人公」であるかのように、しかしお互いの邪魔をしないように。顔を指揮者に向けたまま、空気の振動と伝わる音を頼りに駆け引きをする。
緊張とスポットライトの暑さで薄っすらと手のひらに汗が滲む。
ギチギチに雛壇に並んだ仲間をすぐ隣に感じる事で、私は一人じゃないと実感した。
スポットライトがキラキラと輝く舞台で紡がれる、寸分の狂いのないハーモニーが聞き手に安定感を与え、ほうっと息をつかせる。
時折ハマり損ない、歪んだ和音を作り出す瞬間は、歌い手側が目を瞑りたくなるほど大きなミスに感じた。
誰もが聞き惚れる高音パートに、観客から息を呑む音が聞こえる。
曲が終わると、会場にいる全ての人間が息を止めていたかのようにホッと一息つき、大喝采が鳴り響く。
やり直しが聞かない、一度限りの演奏が私は大好きだと、この瞬間強く感じた。
どれ程の人間が知っているのだろうか。ステージから見る景色がどんなに輝かしいかということを。
強者・弱者は関係ない。
ステージ上で余裕が持てるように、必死で練習することで見ることのできる景色、感じる空気がある事を私は知った。
きっと、一度でもこの快感を味わった人間は、いくつになってもステージを恋しく思うのだろう。
聞いてくれる人を楽しませるために。
目指すは優勝。誇りと自信を胸に私達は今日も歌う。
「〇〇中学校の演奏でした。続きまして……」
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