一年生は青い
一日遅くなりましたが、新成人の方はおめでとうございます。
自分の成人式はどうだったか…ひどく天気が荒れていたような気がします。合宿免許も控え、就職も控え。成人式が新たなスタートの予告イベントのような立ち位置でした。
希望に溢れた面持ちも、もはや2~3ヶ月でグッタリした面構えになっているとは思わなかったものです。
厳しいのもあったが、何より甘くて青かったところもあった。社員として働くのはアルバイトの延長線ではなく別物だと気付かされたし、志望していた業界と言えども、入ってみないと会社の本質なぞ分からない。そんなギャップと、自身のふがいなさに挟まれっぱなし。高校生ぶりのニキビも、ストレスでその時の比ではないほど多くできた。そこまで経ていても残念ながら、いまだに青さは拭いきれないのですが。
報連相、なんて当たり前とばかりに今は迅速に対応できるけど、あの時は頭では分かっていても実際に立ち会って見ると臆してしまって遅さ、鈍さが目立ってしまう。報連相は理想の社会人像、ではなくて責任を果たすためなのだと実感した。下っ端のケツは下っ端じゃ拭えない、上司に拭ってもらうための報連相なのだと。
臨機応変、というのも苦労させられた。咄嗟に対応をお願いするのだって先輩方が相手では臆してしまう。人見知りだと話しかけるのに勇気を必要とするからそれは尚更だった。
それでもここまでやってこれたのも先輩方があれこれ世話を焼いてくれ、気さくな方が多かったおかげだ。
つまり、どの一年生でもミスはするものだ。
毎回、ミスはしたくない、と思っていてもいまだにやらかしてしまう私が胸を張って言ってしまうと開き直っているように聞こえてしまってならないけれど。
ミスは怖い。けれどもやってしまったから染みてくることもある。何かあれば、やらかしたら即座に上司に詫びて指示をもらおう。何かあったときに即座に報告して怒る上司はいないと思う。
いたら本当に上司なのか疑ってほしい。
時間が長ければ長いほど、傷口は生々しく広がっていく。だから、そのうち…血が滲んでいない擦り傷のうちに言ってしまおう。指摘やお叱りは、その傷口に滲みるのは変わらないけれど、傷が浅いうちなら、のたうち回るほどには滲みないだろう。
一年生はミスを恐れずに進める特権、それを一年生であれば誰もが備えていると思う。臆することなくこれからも進んでいってほしい。
そうして社会を知るほど「人として成る」と思う。
こんな偉そうなことを言っている私も、社会人ヒトケタだ。まだまだ未熟者。
ここからが、本当の勝負だ。
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