【ひなた短編文学賞・アイデア賞】虎の支え ／ 明日香

２３年６月、「生まれ変わる」をテーマとした、初めての短編文学賞「ひなた短編文学賞」を開催致しました。（主催：フレックスジャパン（株）　共催：（一社）日本メンズファッション協会）

全国から８１７作品の応募を頂き、その中から受賞した１７作品をご紹介いたします。様々な"生まれ変わる"、ぜひご覧ください。

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【アイデア賞】虎の支え ／ 明日香

誰もいないワンルームに「ただいま」と声を掛ける。
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今年の春から東京の会社に勤めることになり、荷造りの為に一軒家である実家の箪笥を整理していると引き出しの奥から高校のクラスTシャツ、通称「クラT」が出てきた。
高校最後の年、体育祭で着用したそれは仲間との絆を悲しいくらいに思い出させた。
クラスカラーの黄色にメッシュ生地の表側にはリアルな虎の顔が描かれ、大口を開けた舌の上には"３－１"と刻まれている。裏側にはクラスメイトの名前が彫られ、捨てるに捨てづらい。
当時の私にとって「団結」を意味するそれは勇気を与えてくれるものだったが、卒業と同時に同級生とは疎遠になった。仲の良い友達とは連絡を取り合っていたが、進路の違いが水面下で些細なズレを起こし、今では大学時代の仲間と連絡を取る頻度の方が高い。
溜め息を零していると、母が昼食だと呼びに来た。
「それ高校のよね。捨てるの？」
「うん」
社会人にもなってコレを着るのは抵抗があるし一人暮らしの準備中だ。この機会に捨てるつもりだと説明すると、母は何か考え込む素振りをしたかと思うと顔を上げて言った。
「なら頂戴」
「何で？」
母は答えず、何処か楽しそうに「クラT」を持って自室へ引っ込んでしまった。
昼食を食べ終え荷造りもそろそろ終了だという頃、母が「じゃーん！」と自慢げに手渡してきたのは四角いクッションだった。が、思わず目を見張った。生地が、あの「クラＴ」だったからだ。虎の顔の中心に綿が詰められ、ぷっくりとした顔は威厳の欠片もない。
体の半分くらいあるそれを抱えて、問う。
「これは？」
「大事なものでしょ」
ドキリとした。
「これからあなたは一人で知らない土地で暮らさなきゃいけない。必ずしも誰かが助けてくれるとは限らない」
その言葉に言いようのない寂しさが込み上げる。母が続けた。
「でも思い出はそこに在る」
ハッとした。
周囲や私自身が変わっても、あの頃の思い出は変わらない。
全てが煌びやかだった訳じゃない。
それでも。
「こんなに沢山の人の支えがあって今があること、どうか忘れないでね」
母が虎の裏側、同級生の名前を丁寧になぞりながら言った。
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仕事でミスして気落ちしていても「いってきます」と「ただいま」を欠かしたことは無い。誰もいないアパートの部屋でも笑顔でいられるのは、この虎のお陰だ。
団結の象徴だった虎。今では同級生との思い出だけでなく家族の想いも零さず、背中を預けさせてくれる。