【ひなた短編文学賞・ティーンズ賞】ひかり / 猫戶寧
23年6月、「生まれ変わる」をテーマとした、初めての短編文学賞「ひなた短編文学賞」を開催致しました。(主催:フレックスジャパン(株) 共催:(一社)日本メンズファッション協会)
全国から817作品の応募を頂き、その中から受賞した17作品をご紹介いたします。様々な"生まれ変わる"、ぜひご覧ください。
【ティーンズ賞】ひかり / 猫戶寧
そのつぶらな瞳を静かに目を閉じて、静かに温もりをなくし、それからもう寄り添ってくれることのなくなった小さな体を思う。愛犬の名前はひかりだった。
そんなしんみりした風味の話をしたのに、傍であなたはくすりと笑った。それから、
「いいな、ひかり。会いたかったな。かわいかっただろうな」
って、一緒にひかりの写真を愛でてくれた。薄い液晶の画面越しに、ほんのり茶みがかった白い毛をなぞる。胸の奥がくすぐったいような、熱を帯びるような。
きっと私があなたに伝えたかったのは、ひかりを失った悲しみじゃなかった。
私自身でも気づかなかったようなことを悟って、あなたは今、ひかりの温もりを手繰り寄せている。
私がまだ幼かった頃、同じく小さな体のひかりに飛びつかれてはぐらついた。服を噛んで引っ張るようにして餌を強請られた。冬の寒い日に散歩へ行ったら、ひかりだけがあたたかくて、何だかその時だけ彼女が頼もしく見えて、身を寄せるのが幸せだった。親に叱られて悲しかったときだって、膝を抱える私にすんと寄せられたひかりの鼻先がくすぐったくて、すぐに涙が止まってしまった。
愛しい子犬との日々、その柔らかい毛の感触を覚えている。そして失った今になって思い返す度、同時に二度と取り戻せないものだと強く感じてしまう。あの日々が幸せだったから、ひかりがかわいかったから。どうしようもない愛着を持て余しては、辛くなった。
その話をすると、あなたはまるで共にひかりと過ごしてきたように愛しげな顔をする。
それを見た途端、今日までの私は悲しみに立ち直れないのではなく、ただ記憶の中のひかりが、ひかりがいた毎日が愛しくて泣いていたのだと、ようやく腑に落ちた。
いつの日か、今度はあなたを失う日が来るのかもしれない。ふと思い浮かべては耐えられなくなる夜がある。それでも今あなたが隣にいることで、考えうる限りのどんな未来もそこまで暗くはならない気がした。
初めてひかりを失った日の夜は、あんなに未来が心細かったのに。今はこうしてあなたが寄り添ってくれることが、何よりも心強かった。
今、あなたと私の中に、ひかりがいる。また恋しくなったら、きっとあなたと二人で、一緒に泣いたり笑ったりするのだ。窓から射し込む陽がまだ暖かいのに、あなたはやけに頼もしく見えた。
今日はこれから、あなたとどこへ行って、あなたと何を見よう。そう思い立ってまず声をかけたのは、私の方だった。
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