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五感の中の聴覚、音のない世界

五感の中の聴覚、音のない世界


手話を習うようになって、ろうの先生から手話を教えていただく時、全く声がしないかというとそんなことはないことに気がつきました。声は発してくださいます。ただ言葉にならず、音としてはわかります。

ただ見た目ではろうの方は、状態がわからないので、例えば道を歩いていて自動車にクラクションを鳴らされても分からず、危ないこともあるようです。


ろうのかたについて、他にもいろいろな生活についても学ぶ時間があります。例えば、朝起きる時、普通の目覚まし時計では音がわからないので、バイブレータになっているものを枕の下に置いて寝るのだそうです。今はスマホもこのような機能があるのは、ろうの方にとっても便利なのではないでしょうか。


さて、昨日懐かしの歌を歌う機会がありました。歌は一瞬でその当時の記憶を呼び起こしたり、懐かしい記憶を思い出させる力があります。

ろうの方はこの楽しみ方がないのです。ベートーヴェンは聴覚が晩年失われ、頭の中の楽器で譜面を書いたのは有名な話しです。しかし、途中で失われたため、以前の記憶にすでに音を持っていたため、聴覚が失われても作曲を続けられたのです。


もともと音を聞くことがなかったのであれば、失ったわけではなく、その機能を持っていなかったので、悲嘆(グリーフ)感は少ないかもしれません、他人と比べなければ。

しかし、途中で音が聞こえなくなった場合、聞こえなくなった辛さにどうしても苦悩してしまうでしょう。


少し前に筆談ホステスで話題になった斉藤りえさんは、紙に万年筆で自分の言いたいことを伝える接客で対応され、お客様の心を掴み、大きな話題となりました。現在は都議員として、議会を音声アプリで他の議員の発言を文字化して理解し、ご自身の意見も音声アプリで”音”にして発表し、議員活動をされているとのこと。

これからもIT(Information Technology)は進化し、上手に利用することで、今までできなかったことができるようになることでしょう。

先の話したベートヴェンは、指揮棒を口に加え、ピアノに充てることで骨伝導の振動で音を認識していたそうです。それは彼には音の記憶があったから。そして元筆談ホステスの斉藤りえさんは音の記憶がないので、躊躇うことなく、自分の耳として補えるものを見つけています。

どちらも聞こえないことをカバーする方法を見つけて前へ進んでいます。しかしながら、昔できていた頃の記憶と、今またこれからのできるように補助をつけながら進めることの喜びは、失った辛さ(グリーフ)を味わっているからこそ何倍へともなって喜びに繋がることでしょう。


さて先ほど、昨日の懐かしの歌を歌って記憶を甦らしたことを書きました。これは忘れていた歌を歌うことで、古い記憶を思い出すこと。それだけで幸せな気持ちになりませんか。

二通りの音のない世界をご紹介しました。

・過去の自分ができてたことが出来なくなった時に、補助してくれるものを探して、聞こえるようにする。

・他人と比べて、自分ができないことを補助してくれるものを見つけて聴こえるためのコミュニケーションを持つ。

そしてもう一つ、忘却により、その音が記憶から消えている歌を再び歌うことで、気持ちが揺さぶられることを書きました。


ついつい前に進む補助ばかりを一生懸命探してしまいますが、時には過去を思い出す術を持つこと、探すことも心に潤いが戻る気がします。

本日は五感の中の聴覚について少し考えてみました。


企業組合リ・そうるけあ

代表理事 高山和 たかやまあい