幸せは自分からいえ、周りから
幸せは自分からいえ、周りから。
これは、卵が先か、鶏が先かに通じると思います。
実はずっと、周りが幸せだから、私も幸せを感じると考えてきてました。
でもある人に、自分が幸せでなければ、それは幸せでないといわれて、ハッとしたことがあります。
確かにそうかもしれません。自分を大切にできない人が、他人を大切にできるわけはありません。
こんなことを考えると、ふと思い出すことがあります。
それは私がもらった最初のラブレター。小学校一年生の時でした。
ノートの切れ端を手で破いた紙がくしゃっと折って、机に入っていたのです。なんであの時、その紙に気がついたのか今でもわかりません。
でも、そこにあった紙を広げると、隣の席の男の子からでした。
数ヶ月前に転校してきた子で、活発な、いつも笑顔の人でした。なぜかお父さんの職業をよく覚えています。きっと学校を宿題か何かがその時あったのだと思います。こんなこと普通聞きませんから。お父様は全国区の新聞記者、だから転校が結構多い少年でした。
さあ、いよいよからのラブレターですが、今でも決して忘れません。
『きみはぼくのたいようだ。……』
そのあと少し文章続いてましたが、あまりにもこのべたなそれもいつもスカートめくりしていじめてくるあの少年がわたしのことをの衝撃がものすごかったです。
その後、手紙読んだ?と聞かれることもなく、またスケートめくりが減ったわけでもありませんでした。ただ、少しどう話していいか困ったのを覚えています。からかってる?なんて答えていいの?
結局は答えを教えてと言われぬまま、また転校していきました。
本当はすごく時間をかけて、一生懸命書いてくれたんだと思います。
せめて読んだよ、ありがとうくらいは言うべきだったと思います。
今はもう別の太陽をきっと見つけてくれてることでしょう。
私は誰か別の方々の太陽になれるよう、自分を大切にするとともに、相手の気持ちを大切にしたいと思います。
リ・そうるけあ
高山和 たかやまあい