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博多ホッピングのステップ 〜後編〜

 11時のチェックアウトぎりぎりまで朝サ活して、博多駅へと向かう。さっぱりした身体に続々と汗が吹き出す。もはや街中に水風呂だけほしいくらいだ。実は今日は、とあるコラボ企画商品のリリース日。たくさんの人たちが関わる企画は大抵情報解禁日というものが決められている。それ自体はふつうのことなんだけれど、それが商品の販売前日というのは、僕の編集人生でも初めてのことだった。ということもあって、まずはツイートやFacebookなどの告知準備をするべく、博多駅近くのカフェにこもった。ちなみにそのリリース内容はこれだ。

 地域編集にたずさわるなかで出会った、秋田県にかほ市産のいちじく。そのブランディングを、長年お世話になった秋田への恩返しだと思ってやり続けているのだけれど、そんななかで粛々と進めていたのが、モスフードサービスさんのこの企画。にかほ市産のいちじくいちを広めるPR大使になってくれ!という思いでつくったキャラクター「いちじくいちを」を販促ツールに起用してもらうべく、動いていたのだが、それが実現した僕にとってはとても嬉しい企画だった。シェイクの売り上げの一部が東北復興支援になることもあって、たくさんの人に応援してもらいたく、博多にいながらにして、秋田のいちじくを思っていた。

 そこで思い出したのが、福岡県産いちじく「とよみつひめ」。約10年前に生まれた福岡県限定のオリジナルブランドいちじくだ。その美味しさにファンを増やし、夏から秋にかけて福岡のさまざまな場所で、とよみつひめが使われたスイーツが売られている。秋田はまだ少し早いけれど、九州はすでに旬を迎えていて、博多周辺のカフェのインスタなどを見ていると、とよみつひめのパフェやらタルトやらかき氷やらが魅力的なビジュアルとともにたくさん紹介されているのだけれど、パフェにいたっては余裕で3000円くらいするし、なによりそんなスイーツを食べるなら、まずはとよみつひめそのものの美味しさを味わってからじゃないとダメだろうと僕のなかのこだわりが疼いた。

 そこで今日はまず、いちじくをじくに動いてみるのもいいんじゃないか? と、スマホ検索開始。そこで見つけたのが久留米市にある「いのうえ農園」。そこでは無農薬でいちじくを栽培しているという。いちじくの無農薬化なんて、とんでもなく大変に違いないし、それだけでもじゅうぶんに魅力的。しかもそれがとよみつひめなのだから、これはいちじく好きとして、食べないわけにはいかないだろうと、いのうえ農園まで行ってみることにした。久留米市といえば7月の豪雨で大変だった町だ。もしボランティアできるならさせてもらいたいという気持ちを抱えて、最寄の田主丸たぬしまる駅までの切符を買った。

 たぬしまる、なんだかかわいい駅名だ。博多から快速列車と普通列車をつかって約1時間半。かわいいのは駅名だけじゃなかった。


 黄色いくちばしのこの子はいったい何者なのか? ……アヒル?
 いや、違う。この子はカッパ。

囚われてるの? 助けようか?

 いちじくを求めてやってきたら、カッパに出会った。旅とはそういうもんだ。僕の意図など関係ない。田主丸を流れる筑後川の支流、巨瀬川こせがわには、平清盛の生まれ変わりとされる、巨瀬入道こせにゅうどうという河童の大将が住むといわれていて、同じく久留米市内にある水天宮にはその妻、二位尼がまつられている。その二人が筑後川の中流で時々会うそうで、その際に筑後川が氾濫を起こすという困った逢引き伝説があるらしい。今年7月の被害に限らずそういった土地なのだな、ここは。

 駅舎に据えられたカッパ巡りマップを頼りに、いくつかのカッパを見てまわることに。しかしとんでもない暑さだ。僕がカッパだったら皿が乾いて即ダウンに違いない。ほんと人間でよかった。なぜかこの日、遠く秋田でも38度を超える異常な暑さだったという。豪雨と猛暑、この振り幅の大きさに抗えない自然との共存について考える。いわば、人と自然のあわいの存在がカッパなんだろうなと思う。 

お尻だよ
親子になってるのわかる?

 まあ、いるわいるわ、カッパだらけ。こんなにカッパ推しならカッパ饅頭とかありそうだなあと思ったらあった。けれど水害の影響か機械の入れ替えと清掃のために休業中だった。

 旅と編集が人生の軸となっている僕は、そのお陰でさまざまな土地の解像度が上がり、テレビから流れる各地のニュースを近しく感じることも多い。今回(2023年7月)の大雨では、秋田と九州北部に大きな被害がもたらされたけれど、特にここ久留米市では2018年の西日本豪雨以降、一昨年まで、4年連続で浸水被害が起きている。そして今年は、まさに久留米市田主丸町の山側の地区で土石流が発生し、付近の住宅7棟が巻き込まれ70代の男性がお1人亡くなられていた。

 久留米市であることは認識していたけれど、まさに田主丸だったとは。発信することの使命とともに生きる僕は、カッパに呼ばれたような気さえした。巨瀬入道こせにゅうどうという河童が伝説のとおり地元神戸に縁の深い平清盛の生まれ変わりするならば、そのせいもあるかもしれない。

 川沿いに一軒の醤油蔵を見つけた。こんなに川沿いにあって浸水はまぬがれたのだろうかと気になったのと、その佇まいの素朴さにお邪魔してみる。

 ふらり訪れた若竹醤油は、すぐ近くの300年続く日本酒蔵、若竹酒造から分家し、110年の歴史を持つ醤油屋とのこと。確かに途中、立派な蔵の前を通ったことを思い出す。

若竹酒造の立派な蔵

 福岡産の原料にこだわり、蔵付き酵母で発酵。「天然醸造長期熟成」という昔ながらの製法を大切に守り続けている蔵で、その実直さが随所に表れたとても良い蔵。対応してくださった男性に、大雨の際のことを聞いてみると、下の写真の樽がほぼ隠れるところまで水が上がったものの、麹などには影響がなくホッとしていますとのこと。

この樽が隠れるくらいまで水が上がってきたとのこと。

 こうやって麹づくりからされてる醤油蔵はもう少ないから、旅先でこういった天然醸造の蔵に出会えると本当に嬉しくなる。なんだかありがたい気持ちで醤油を買わせてもらった。ちなみに全国の醤油の10%は福岡県でつくられている。前編でも書いた通り、日本酒蔵の数は全国5位を誇る。福岡は蔵の町でもあるのだ。

 カッパに導かれ、かれこれ1時間くらい歩き回っていただろうか、気づけば目的のいのうえ農園とは真逆に向かっていたので、再び駅の近くにもどって、踏切を越え、今度は線路の反対側を歩く。そもそもGoogleマップ上では、駅からいのうえ農園まで徒歩25分くらいだったので、まあ歩ける距離だなと思っていたけれど、酷暑の炎天下を1時間近く歩いた後なので、その30分が余計に辛く長い。けれど僕は、とよみつひめを食べたくて田主丸までやってきたのだ。カッパを見にきたわけじゃない。いのうえ農園に行って、無事、無農薬のとよみつひめを手に入れなければならぬのだ。赤く熟したいちじくにありつけることだけを考えて、ひたすら歩を進める。美しい田園風景と、またしても随所に現れるカッパが、僕の気持ちを和ませた。

どうやら柿も有名みたい

 休憩を挟みながらGoogleマップを頼りになんとか近くまでやってきた。この辺りのはず……と、まわりを見渡していたら、ようやくそれらしき農園を確認。そしてついに看板を見つけた!

柿といちじくのモチーフがかわいい。
いた! とよみつひめ!

 ハウスが並ぶ横を抜けて、素敵なロゴを掲げた建物に近づくと、中に農園主らしきおじさんがいらっしゃったので、思い切って扉を開けてみる。

 「あの〜ここでとよみつひめを購入できるとサイトを拝見してきたんですけど、買えますか?」突然訪れた僕に「買えますよ。買えるけど……」と、なんだか戸惑いを隠せない様子のおじさん。続けて一言

 「歩いてきたと?」

 「はい、歩いてきました。暑かったっすー」

 「へえ〜、まあ入って。涼んでいけばいい。これまで自転車で来たっちゅう人はいたけど、歩いてきた人は初めてやけん」

 そう言ってなんとコーヒーまで出してくださった。そしてさらに、

「いちじく好きと?」

「はい、大好きで、どうしても、とよみつひめを食べたくて」

「ちょっと出してあげるから食べ」

「え?! いいんですか?」

ひゃーーーーー!

「うわー!ありがとうございます! もちろん買って帰るので」

「無農薬やけん、皮ごとたべれる」

「そうですよね。白い果肉がすごいですね」

「そうよ。とよみつひめは、この白い果肉部分がたくさんあって、そこに甘味がつまってる」

「関西で食べるイチジクはほぼ赤い部分だけです」

「そうでしょ。それが従来の蓬莱種とかのいちじく。とよみつひめは福岡県が10年前に開発して、その苗が売り出された一回目の時に買って、一番最初に取り組んだ。いまはたくさん売れとるよ。特に東京関係。スライスして置いただけで500円から値段上げられるとかってねえ」

「博多駅前でも、とよみつひめのパフェとかの誘惑があったんですけど、それを先に食べるのは違うなと思って」

「パフェとかはクリームとかいろいろ入って何食べようるかわからんけん、あんたが正解よ。しかも歩いてきてね。たいしたもんよ。食に対してちゃんと考えとるけん、ほんとの通の食べ方よ」

「いやあ〜、めちゃくちゃ美味しいです。来てよかった〜」

「これだけ感動すればよかよ(笑)」

 とまあそんなことで、思わぬカッパとの出合いもあって、大変な道中だったけど、それも含めて最高の食体験になった。井上農園の井上さんは定年後に農園をはじめたというチャレンジャー。「ロゴが素敵ですね」と伝えたら、こういうロゴから大事なんだと、そうでないと自分たちの作物を選んでもらえないと、クリエイティブの重要さを語ってくれて、そこにもずいぶん感動した。しかもこれだけ人気で注文が殺到するなかでなお、これ以上は作らないんだとおっしゃっていたことにも心底共感した。身の丈。無理しない。それが一番だと。

 旅はいつだって学びに溢れてる。

 ちなみにこれが購入させてもらった、とよみつひめ。家庭用でちょっと皮に傷がついていたりするそうだけど、こんなにたくさん入って1,000円。ありがたすぎる。しかも帰りも暑いだろうからと、カチカチに凍った保冷剤までいただいて、なんだか申し訳ない気持ち。好きだ! とか、食べたい!とか、そういうまっすぐな気持ちの先の行動は必ず何かしらのギフトがあるよなあと実感。こういう行き当たりばったりな旅を最近やれなくなっていたから、あらためて旅の醍醐味はこれだよと気付かされる思い。井上さんの優しさに感謝しながら、お礼を伝え、再び駅に向かう。

 再度やってきた田主丸駅で電車を待つ時間、いただいた紙袋が保冷剤の水滴で破れかけていることに気づく。ヤベぇ……と焦ったけれど、そういえばこの子がいたわ! と、いちじくいちをのエコバッグを思い出し、ギリギリセーフ。福岡と秋田のいちじくの共演になんか、じわる。

 カッパといちじくに導かれて行った久留米市田主丸。すでに充実の旅だったけれど、前編でチラリと書いたように、僕は帰りの新幹線に乗る前にどうしても行ってみたいお店があった。そもそもそのお店をFacebookコメントで教えてくれたのは、かつて雑誌『switch』にいらっしゃった編集者で、いまは沖縄の首里で旦那さんと二人『conte コント』というカフェレストランを営まれている川口美保さん。

 switch時代に、一度僕を取材してくれたことや、当時うちの会社にいたデザイナーが「東京に行く!」と会社を止めてswitchに就職。デザイナーとしてお世話になっていたご縁などから、仲良くさせていただいていた。そんな川口さんのことを僕はいまもなお編集者としてとてもリスペクトしている。だからこそ川口さんのおすすめの店は絶対に行ってみたかった。けれど、知る人ぞ知る名店ゆえ、さすがに昨夜は飛び込みでは入ることが叶わなかったのだ。

 それゆえ、今日は開店時間の17時半に再度アタックしてみると意気込んでいた。夕方17時過ぎ、戻ってきた博多駅から、お店のある西中洲までテクテク歩く。それにしても今日はよく歩く日だ。iPhoneの歩数計を見てみたら、すでに17,000歩も歩いている。しかし驚いたのが、さらに昨日は20,000歩以上歩いている。博多ホッピングは知らずこんなにも歩くのか。過剰な街で過剰に食べて過剰に飲むのが博多ホッピングだと思っていたけれど、そこに加えて過剰に歩くのもまた博多ホッピングの特徴かもしれない。

 到着した。店の名前は『きはるの胡麻鯖や』。祈るように入店。

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