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やさしさの旅04『シューゲイザーとカフェインレス』
昨夜はずいぶん遅かったというのに、またしてもアンリが朝一番にホテルまで迎えに来てくれて、まっすぐRAB青森放送に向かう。収録は朝の9時を予定していた。
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到着して車を止めると、正面玄関にいかにもバンドマンなスタイルの男性が立っている。わざわざ出迎えてくれた割には、人見知りなのか、ずいぶん伏目がちで、なんとなくそれがアンリの旦那さんであることはすぐにわかった。小さな子供どころか、赤子の世話につきっきりなはずのアンリが、こうやって羽を伸ばせる時間を持てるのは、ご両親の協力はもちろんのこと、夫である彼の理解が大きいのは間違いない。彼の自然な寛容さはまた彼自身にとっても、自由な時間が必要だからに違いなかった。彼はRAB 青森放送のディレクターでありながら、「THE EARTH EARTH」というバンドのフロントマンでもある。もともと音楽好きなアンリだから、そこによき出会いがあったのだろう。ふだん彼女が彼の音楽活動を応援し続けているからこそ、彼もまたアンリの活動を応援したいと思っているに違いない。
2年ほど前に出た「THE EARTH EARTH」のアルバム。そのリリースインタビュー記事を見つけた僕は、そこで初めて、シューゲイザーという音楽ジャンルを知った。The Jesus and Mary Chainというバンドを源流とし、マイブラ(My Bloody Valentine)やRideなどに代表される90年代初頭のUKロックのムーブメントで、騒音ギターのなかにある繊細なメロディーや、強いエコーやリヴァーブのかかった囁くようなボーカルなど、浮遊感のある演奏が特徴。Spotifyで、速攻いくつかのバンドにハートマークをつけた僕は、意外に嫌いじゃないなと思う。まだいくつも音を聴いているわけじゃないけれど、このシューゲイザーという言葉そのものにも惹かれた。シューゲイザーとは、「Shoe=靴」「Gazer=見る人」、つまり、演奏中にエフェクターの操作が多いゆえ、演奏者が足元(靴)を見る姿勢が多かったことから名づけられているという。視線を下にやりながらギターを掻き鳴らし、囁くように歌う姿を、放送局の前で俯き加減で待ってくれていた彼に重ねるのは想像に難くなかった。
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青森放送だからりんご色にコーディネートされているのか、並んだ椅子が抜群に可愛いエントランスのロビーの横を抜けてスタジオへ。今回僕が出演させてもらう番組のメインパーソナリティ、夏目浩光さんがすでに待ってくださっていた。夏目さんは僕よりも年上のベテランアナウンサーで、いただいた名刺を見たらRAB青森放送の役員の肩書きもあって、なるほどと思う。きっとアンリのパートナーのこともおおらかに受け入れてくれているのだと、その空気感が教えてくれる。
そもそも僕はイベントであれなんであれ、打ち合わせが好きではない。事前情報をあまり詰め込みすぎると、頭でっかちになってしまうというのもあるけれど、観客や視聴者の立場に立ったとき、初見ゆえの素直な反応や驚き、初対面独特の空気感みたいなものほど、スリリングで面白いものはないと思っているからだ。それゆえ、前室で話しすぎないようにするのが一番よいというのが僕の基本的なスタンス。けれど、生放送じゃないとはいえ公共のラジオでそういうわけにもいかない。ましてやパーソナリティの夏目さん側は、よく知らぬ僕について、少しでも情報が欲しいに違いない。そう思っていた。
なのに夏目さんは、挨拶も早々に僕をブースのなかに案内して、「15分くらいが目処ですけど、このコーナーはいかようにもできるので、あまり時間は気にせず話してください」と言って、あとはもう準備万端といった様子で、すぐさま収録にのぞんだ。結果僕は、夏目さんの誘導のままに、なんだか新著について思いのほかたっぷりとお話しさせていただいた。夏目さん、とんでもないプロフェッショナルだった。かっこよすぎる。
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体感30分くらいはおしゃべりさせてもらっただろうか、収録を終えた後も、夏目さんは僕の新著について興味深く聞いてくれて、Culti Pay(カルチペイ)という新著に実装したあたらしい仕組みについても、実に前のめりだった。なにかあたらしいことを仕掛けるとき、自分より若い人たちの反応にばかり想像力を膨らませがちだけれど、いやいや先輩たちもこの仕組みを、こんなにも自然に理解してもらえるのかと、とても勇気をもらえた。準備していた献本用の一冊を夏目さんに差し上げると、私も旅が大好きでと、ご自身の旅の話をしてくださりながら「読ませていただきます。うちの若いのにも旅好きがいるんで回しますね」と言って、早速、カルチペイという仕組みのど真ん中を理解した発言をしてくれて、本当にすごいなと思う。
ここで、このカルチペイについても説明しておきたいが、ちょっと長くなりそうなので、あえてAIに頼ってみる。
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誤字を修正すると以下になる。
Culti Pay(カルチペイ)は、編集者の藤本智士さんが考案した、新しい送金システムです。このシステムは、読者が著者やクリエイターに直接支援を確実にする仕組みを提供するもので、特に出版業界で注目されています。「みんなの銀行」などのデジタルバンクの仕組みを利用し、QRコードを介して手軽に著者を支援できることができ、手数料がかからない点が特徴です。
カルチペイの目的は、従来の出版社や流通を介しつつも、著者と読者が直接つながり、応援の気持ちを「そのまま」届けられることです。この仕組みは「管理者不在の経済」とも言われ、文化や作品を循環させる新しい形を目指しています。 さらに、カルチペイは書籍だけでなく、他のクリエイティブ分野でも活用が期待されています。
優秀なAIにさらに補足すると、僕がこのカルチペイをもってやりたいことは、できるだけ多くの人たちに一冊の本を回し読みしてもらうことだ。しかし、従来の新刊ビジネスという枠組みだと、古本や図書館という素晴らしい仕組みがあるにもかかわらず、そこで新たな読者を得ても、著者には何も還元されることがない。しかし、巻末にCulti Pay(僕のみんなの銀行につながるQRコード)を印刷しておけば、それが10年後であれ20年後であれ、著者が存命で口座が生きていれば、読者がいつだって、10円でも10,000円でもいくらでも気持ちを送金できる。もちろん送金しなきゃいけないわけでもないが、読んでくれる人が増えるほど、その本に心動かされ、著者に気持ちを送りたいと思ってくれる人も増える。そしてAIも書いてくれていたけれど、それが胴元不在なところがポイントで、誰に手数料を取られることもなく送金できることが最高なのだ。
簡単に理解できないかもしれないこの仕組みのど真ん中をサッと理解してくれた夏目さん、あらためて素敵だった。
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ラジオ収録を終えて、一息つこうとアンリが「Cafe des Gitanes(カフェ・デ・ジターヌ)」という珈琲屋さんに連れて行ってくれた。オリジナルブレンドのコーヒーを頼みつつ、デカフェのドリップバッグを購入。旅先であろうなかろうと、毎日コーヒーを飲む習慣のある僕は、旅先のホテルでもついカフェインを摂取してしまうので、そんなときのために、各地でデカフェのドリップバッグを見つけたら買うようにしている。最近はカフェインレスでも美味しいものが多いので、自分好みのものを見つけたらとても嬉しく、それも旅の楽しみの一つになっている。
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ちなみに僕の最近のデカフェドリップバッグのお気に入りは、大分県湯布院の「Cafe La Ruche(カフェラリューシュ)」のドリップバッグと、瀬戸内海に浮かぶ大島(愛媛県)「こりおり舎」のドリップバッグ。こりおり舎のデカフェコーヒーに関しては、あんまり気に入りすぎて、「Caffeine Re:S(カフェインりす)コーヒー」というよくわからない駄洒落のオリジナルドリップバッグをつくってもらったほど。軽くて荷物にならないし、余っても自分で飲むから旅先の友人への手土産にもちょうどよくて気に入っている。
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朝、美味しいコーヒーがあればもう片手にはパンが要る。昨日とはまた違うお店にしましょうとアンリが言って、青森駅前にある小さなパン販売所「三ッ星製パン」に案内してくれた。国産小麦粉100%使用で、マーガリンと白砂糖は不使用というのがなんとも嬉しい。これまた魅力的なパンたちが並ぶなか、迷いに迷いつつ「生ハムとしそのバターサンド」という、きっと間違いないやつをチョイス。パンのサイズも小ぶりでちょうどいい。昨日の「COFFEEMAN good」&「Mont d'Or(モンドール)」もよかったけれど、今朝の「Cafe des Gitanes」&「三ッ星製パン」もなかなかだ。美味しいパン屋と美味しい珈琲屋のある街は、すぐにでも暮らせるなあと思う。
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そんな充実のモーニングを経て、アンリの車に再び乗り込むと、アンリのLINEにある連絡が届く。なんと、あの夏目アナウンサーからだった。夏目さんは早速『取り戻す旅』を読み進めてくれているようで、そこに登場する弘前市のお酒「豊盃」のくだりを見て、午後の予定が大丈夫であれば「豊盃」の蔵見学を手配しましょうか? と言ってくれているという。マジか! なんてやさしさ……。午後の予定はまさに、弘前市にある「まわりみち文庫」という書店さんに行くことが決まっていたので、願ったり叶ったり。そんな機会などまずないし、何より夏目さんがつないでくれたご縁なんて素敵すぎるじゃないかと、振りかぶるように強く頷き「もちろんつないで欲しい!」とアンリに即答する。旅の終わりに向けて、とんでもないスピードで、やさしさが加速しているのを感じた。
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