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沖縄首里「CONTE」の幸福な夜

沖縄県那覇市首里に「CONTE」という名のカフェレストランがある。料理人の五十嵐亮(まこと)さんと、編集者の川口美保さん夫婦が営むこのお店がオープンしたのは2015年のこと。

オープンの年にすぐさまお店に伺ったのだけど、それは、雑誌『SWITCH』の編集者として、秀逸なインタビュー記事を生み続けた美保さんが、雑誌編集をやめて沖縄でカフェを開くという知らせに驚いたからだ。そしてさらに僕は、美保さんに対してある一つの勝手な・・・期待をもって、沖縄行きのチケットを取った。

出版社にも編集プロダクションにも入ったことがない、野良編集者な僕と違って、美保さんは東京ど真ん中の雑誌編集者。第一線で活躍する各界の錚々たる人々にインタビューをしてきた美保さんは、誰もが憧れる理想の編集者だった。

一方僕は、誰かに編集を教わるという経験がほとんどなかったから、偶然と必然の合間に出くわす編集の凄みに、ときに翻弄されながら、自分なりの編集の泥団子を磨いてきたタイプ。

そんな独学ゆえの無邪気さを武器にしてきた僕の仕事は、美保さんのような真っ当で綺麗なお仕事をされる編集者にとって、なにか一家言ありそうというか、つまりは素人編集の甘さが気になるのではと、どこか少し怯えていたように思う。つまりはそれくらい尊敬していたのだ。

30歳を過ぎたころ、僕は「マイボトル」という言葉をつくった。象印もタイガーも国内の工場を閉鎖し、海外需要にターゲットを絞りつつあったがマイボトルをもって180度方針転換。その結果、魔法瓶業界は大きく変化し、オフィスに水筒を持っていく人が増えた。その成功体験のおかげで、「編集」という仕事は世の中の変化をも創造することができるのだと気づいた。

それゆえ僕が編集を施すメディアは、雑誌や書籍だけでなく、ときに商品だったり、展覧会だったり、お店だったりする。だから僕は、東京のど真ん中で新たなカルチャーを整理咀嚼して世間に提示し続けてきた雑誌編集者の美保さんが、沖縄の片隅でカフェを開くという事実に、僕のような野良編集者の思う広義な「編集」へのシンパシーを期待した。

だからこそ、僕は、一度取材していただいたくらいで、そんなに深い関係性があったわけではない美保さんに会いに、オープンしたばかりのCONTEへいち早く伺った。そんな大したお話はできなかったけど、それでもこの目で見ておきたかったのだ。美保さんの広義な編集を。

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あれから9年が経って、CONTE_さんでのイベントが決まった。お相手はもちろん美保さん。時が来るとはこういうことなんだなと思う。

今回、美保さんと話すのがいいんじゃないか?とCONTE_さんでのイベントを提案してくれたのは、僕が「しんやにいにい」と呼び慕っている、「アイデアにんべん」の黒川真也さん。僕はにいにいの手がけるデザインが好き。とはいえすべてご本人が手を動かしているだけではなく、どのお仕事も、とてもよいディレクションをされていて、その仕事が僕にとっては広義な編集者そのもので、沖縄の読谷という土地で暮らしながら、たしかなお仕事を続ける姿は僕の憧れでもある。そんなにいにいにイベントをしたいと相談したら、CONTEさんをつないでくれるのだから、さすがだなあと思う。

美保さんとのトークはとにかく楽しかったに尽きる。美保さんは、いよいよ沖縄から「CONTE MAGAZNE」という雑誌を出版し、最近は、沖縄でものづくりをされている人たちとの書籍づくりも始めるなど、積極的に出版活動をされている。そうやって、東京のど真ん中の雑誌編集の経験値をもって、沖縄からメディアづくりをしている美保さんと、ずっとローカルに居ながらの発信しかしてこなかった僕では、編集のアプローチがまったく違うはずなのに、話せば話すほど、さまざまなシンパシーが生まれて、ただただ楽しい時間だった。

共通の恩人である笑福亭鶴瓶さんの話を軸に、決めすぎないこと。余白を持つことの大切さを、身をもって体感する、90分のノン打ち合わせトーク。あっという間に過ぎ去った時間の余韻を楽しむように、そのままCONTEさんで打ち上げをした。まことさんの最高に美味しい料理をいただきながら、二人の出会いがこの場所をつくり、そこにこうやってあらたな出会いがどんどん掛け算されていく。これこそが、僕の思う編集のチカラなんだよなと、あらためてこの場所を編集した美保さんを尊敬した。そして、美保さんにとって、パートナーである亮さんとの出会いがいかに大きなものだったのかを強く感じさせてもらった。

CONTEを始める前は、宜野湾のとある人気カフェの料理人だった亮さんは、編集者である美保さんと出会ったことで、独立を考え始めたという。CONTEという店名は、フランス語で「物語」「ショートストーリー」を意味するのだという。以下HPから引用。

つねづね人生には物語が必要だと思っています。そして、食に関わるお店である以上、お皿に料理がのぼるまでの食材や生産者たちも含めた様々な物語が感じられるものを提供できたらと、そんな想いで店名を「CONTE」とつけました。

数々の人生を、物語を、インタビューをとおして紡いできた美保さんらしい言葉だ。だけど、僕は同業者だからわかる。焼き菓子好きな娘のためにCONTEオリジナルのクッキー缶をお土産に買って帰ろうと、クッキーを詰めてもらっていたときのこと。とても可愛いイラストが描かれたそのデザインに組み込まれた店名が、ちょうど角に配置されており、店名のCONTE が「CON」と「TE」に分かれている。フランス語で「CONTE」は、まさに物語という意味だけれど、「Con te(コンテ)」と単語を分けると、それはイタリア語で「あなたと一緒に」という意味になると、美保さんが話してくれた。

盲目のテノール歌手として有名な、アンドレア・ボチェッリの代表曲に「Con te partirò / コン・テ・パルティロ(君と旅しよう)」という曲がある。ピンとこない人も多いだろうが、聴けば、この曲か!とわかると思う。

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