鹿児島の背中
シュウさんこと、坂口修一郎さんとリアルに会うのは10年振りくらいだろうか。それでも第一声は「お疲れ様でした」以外にないと思っていた。
15年目にしてその幕を下ろした「GOOD NEIGHBORS JAMBOREE(グッドネイバーズジャンボリー)」。コロナ禍でも開催を続け、ローカルフェスの在り方も、縮小転換の舵きりも、環境負荷への自問自答も、何もかもが先を進んでいて、そのすべてに影響を受けた。ずっと前を走ってくれていたシュウさんの背中は、あまりにも大きい。
シュウさんに「僕も鹿児島大好きなのでグッドネイバーですよね?」と半ば強引に出店させてもらったのは、第二回目のジャンボリーだった。ということはあれからもう13年も経つのか。それでもシュウさんと話す時間にアイドリングなんて不要で、それどころか、お昼に会ってから夜中まで、10時間ずっと話は尽きなかった。こんなにもわかってくれる先輩がいることが嬉しくて、子供みたいにずっとずっと喋りつづけた。「こういう関係が俺たちのセーフティーネットだよね」と、シュウさんは言って、距離は離れていてもわかり合える仲間の存在にどれほど救われているかを思う。そう、それがグッドネイバーだ。
シュウさんの事務所で話していると、午前中まではパラパラだった外の雨がえらく激しくなってきた。「雨すごいけど、せっかくだから外出ようか」とシュウさんが言って、隙があれば寄りたいと思っていた、ぢゃんぼ餅の名店「平田屋」に向かうことになった。「昨日、灰が降ったから、大抵その後は雨降るよね」と、今回、車を出してくれた久保くんにシュウさんが同意を求める。久保くんと会ったのはまさにジャンボリーが最初だったっけ。久保くんは7年前に自著の出版イベントも仕切ってくれた友人で、鹿児島の優秀なデザイナー。もちろんシュウさんとのご縁は深く、グッドネイバーズジャンボリーを支えてきた重要なメンバーの一人でもある。
「こないだNHKの番組で富士山の雲からマイクロプラスチックが見つかったっていうのをやってたんだけど、あれと同じで、桜島の灰が核になって、そこに水蒸気がまといついて雨になって落ちてくるんだと思う」シュウさんの俄持論に、確かに一理ありそうだと思いながら、車窓の向こうの土砂降りを眺める。シュウさんと初めて出会ったのは東京だった。シュウさんが長く活動を続けるダブルフェイマスという楽団に、当時とてもお世話になっていた方がメンバーでいらして、その方が紹介してくれたのが最初の出会い。シュウさんが、故郷である鹿児島で「GOOD NEIGHBORS JAMBOREE」という野外イベントをやると教えてくれたのは確かそのすぐ後だった。
あっという間に平田屋に到着した。数ある鹿児島名物のなかでも、僕が最も好きなものが「ぢゃんぼ餅」。この辺りには何軒もの、ぢゃんぼ餅屋が並んでいて、みなさんそれぞれに推しがある。僕はそれこそ久保くんに教わったのか、いつだって平田屋だ。正直、他のぢゃんぼ餅を食べたことがないのだけれど、世の中には知らなくて良いこともある。何より信頼できる友人の勧めなのだから、それでいい。僕は平田屋のぢゃんぼ餅が一番好きだ。
ちなみにぢゃんぼ餅は、ジャンボサイズな餅というわけではない。それどころかひとつひとつはとても小ぶり。ぢゃんぼというのは漢字で書くと「両棒」と書く。小さな餅に2本の串がささっており、両棒とは、この2本の串のことを指している。武士の魂である脇差を表現しているとかなんとか言われているけれど、串が一本よりも安定していて食べやすいからとにかく嬉しい。串をさしている餅と言われると、団子を想像されるかもしれないが、ぢゃんぼ餅はあくまでも餅。タレこそ砂糖醤油のみたらし味だが、みたらし団子ではない。これが大事。僕は団子も好きだが、何より餅が好きなのだ。
そもそも、餅と団子の違いはわかるだろうか。餅は蒸した米を搗いたもの。だんごは米を粉に挽いたものに水や砂糖などを加えてこねたもの。すぐに固くなってしまう餅を、なんとか固くならないように工夫したものが団子なのだが、僕はやっぱり餅が好き。それゆえ出来立て熱々を食べるのがよい。
それにしても随分な雨、本来は平田屋さんの前から雄大な桜島が見えるのだけど、雨のせいで全く見えない。2階席から桜島を眺めつつ食べるぢゃんぼ餅が最高なのだけれど、「この雨だから持ち帰りにして、ちょっと連れて行きたいところがあるから、そこで食べよう」とシュウさんが言う。注文してから餅を焼き、串をさして、秘伝のタレにくぐらせる。連れて行きたい場所というのが楽しみながらも、出来立て熱々を食べられないのはちょっと残念だなと思っていたら、久保くんもシュウさんも、平田屋さんと馴染みだからか、持ち帰りを準備してくれている間に、ぢゃんぼ餅を少しサービスで出してくれた。なんと嬉しい! 温かい知覧茶とともに「あ〜、これこれこれ!」と、相変わらずの美味しさに唸った。
平田屋さんは秘伝のタレや餅は当然のこと、この竹串までも自分たちでつくられているそうだ。竹を切って滅菌して乾燥させるまで、4日間の工程を経てできる竹串を小さな餅一つに2本も使っているのだから、贅沢だ。しかも一皿10本で600円という安さ。その安さもまた何もかもを自分たちで作っているからこそだろうけれど、その手間を想像していたら、食べ終わった竹串を持ち帰りたいような気にさえなった。
シュウさんが連れて行きたいと言ってくれていた場所は、シュウさんのあたらしいお家だった。海の方の家と呼ぶそのお家は、平田屋から45分ほどの距離、日置市の海の傍にある。鹿児島市内に暮らしつつ、いまは週末だけ帰っているというそのお家のロケーションが最高で、まるで計ったかのように、雨が上がって行き、到着した頃には完全に雨も上がって太陽が顔を出した。濡れた草木に当たる光がより一層、風景の美しさを際立たせた。
なんと、Googleアースで見つけたという、この土地と建物に惚れ込んだシュウさんは、丁寧に書けばそれだけで数万字になってしまいそうなくらいの過程を経て、なんとか持ち主を見つけ、ついに譲ってもらったのだという。しかしその際の条件として、周囲のジャングルのような土地も含めて引き取ってもらいたいと言われたそうで、その土地はあまりに広大。いまは車道も整備され、ただただ素敵な場所だけれど、iPadでbeforeの映像を見せてもらって驚いた。グラスチョッパーと重機で草木や竹を刈り進む姿はまさに開拓。長年放置されていた建物は植物に覆われ、そもそもは、およそ廃墟とジャングルといった風情だったことがよくわかる。あの状況で、現在のこの姿を思い描くのは並大抵の想像力じゃ無理だ。それを描けるシュウさんだからこそ、グッドネイバーズジャンボリーというあの幸福な空間を創造できたんだとあらためて思った。
シュウさんの家の前から望む海があまりに美しく、その情景に何度も息を呑んだ。持ち帰ったぢゃんぼ餅を食べながら、会わなかったあいだの時間を取り戻すかのように、それぞれの状況やいまの思いとこれからのことなど、いろんなことを話した。その時間の尊さは、人生で何度も味わえるもではないと、その場で確信できるほどに幸福な時間。こういう時間のために僕たちは生きているに違いない。
僕も、かつて作っていた雑誌「Re:S」を終刊させて、そこから僕にとっての本当のRe:S = Re:Standardの旅がはじまったからわかることがある。
「シュウさん、フェスとしてのグッドネイバーズジャンボリーは終わったけど、本当のグッドネイバーズジャンボリーはここからっすね」
そう言うと、シュウさんは「うん」と、ゆっくり、しっかり、深く、うなづいてくれた。僕はこれを聞きたくてシュウさんに会いにきたんだった。終わりは始まりだから、だからこそ僕は今回鹿児島にきた。シュウさんがジャンボリーを始めたと聞いて、鹿児島にやってきた13年前のあのときのように、僕はシュウさんが、終わりという名のはじまりをスタートさせたと聞いてここにやってきた。
居ても立っても居られないような夕日が僕らを照らして、シュウさんがたまらず、海へと向かう。僕はそんなシュウさんの背中を少し撮影して、そしてそのあとを追いかけた。何年も会えていなくとも、知らずその背中を追っていた自分に気づく。人はみな何かに影響され、また自分も知らず何かに影響を与えているものだ。だからこそ、50を超えた僕らが見せるべきは背中なのだろう。カッコいい先輩はみな、背中で語ってくれる。
元来僕は、会うべき人とは、会うべき時に会えると信じているけれど、僕にとって今回の鹿児島はまさにそういうタイミングだったんだなと思う。
鹿児島市内に戻って、三日月というお店に連れていってもらって、しこたま焼酎を飲んだ。日本酒が好きな僕だけど、鹿児島にきて日本酒はまず飲まない。鳥刺しをつまみに、芋の水割りを飲みながら、そこでもまた延々とお喋りをした。
店を出て、ホテルまでシュウさんと二人で歩く天文館の街。家が近いからとホテルまで送ってくれたシュウさんの優しさを感じ、最後はしっかりと握手をして別れた。そして今度はいつ会えるかなと名残惜しい気持ちで、ひそかに振り返り、もう一度だけシュウさんの背中を確認してホテルに戻った。
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