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再会は再開ののろし 大分別府湯布院の旅

 5年ぶりに大分県に行ってきた。しかもフェリーで。
 もともとフェリー好きな僕は、よく北海道まで車ごとフェリーに乗せて旅をしていたけれど、意外にも南への航路経験は少なく、神戸に住んでおきながら、今回活用した【神戸ー大分】ルートは人生初体験だった。それに大抵は車ごと乗船するから、小さめのスーツケース1つ転がすだけの身軽さに気持ちが余計にふわふわした。

 そこはかとなく感じる昭和感。暮らしの足が豪華客船風に背伸びしてる可愛さゆえか、船員制服の絶妙なコスプレ感が愛おしい。久しぶりのフェリー乗船に少しとまどいつつ、まずは部屋へ。

 プライベートベッドという10名相部屋室ながら、きっちりひとりの空間が保たれてとても快適。そもそも10名定員の部屋に、あと1人いらっしゃるだけだったので、余計にゆったり過ごすことができた。

乗船時にクーポンもらった。
もちろんお釣りは出ないから売店で960円分購入。

 夜の19時出港予定が、当日、目的地の九州に台風が直撃。そのせいで神戸の出港時間が少し遅れたものの、海上も穏やかで「大幅な遅れの見込み」という船内アナウンスとは裏腹にたったの15分遅れ。街の電車で15分遅れと言われるとそれなりに気になってしまうだろうけど、フェリー旅で15分なんて、遅れたうちに入らないぜ、という気持ち。

船上で見る朝日がうつくしい。
さあ、着岸!

 大分港に到着したのはそれでも朝の6時半頃。随分早くに降ろされるものだ。少し遅れてくれるくらいがちょうどいい。はじめての大分港は倉庫をリノベーションしたような、いまっぽいお店もあって、なんだかイメージとは違っておしゃれ。だけどまあみな開店前だ。早朝の気持ちのいい空気のなかぶらぶらと散歩をしつつ、港から徒歩10分の西大分駅へと向かう。西大分から約束の別府駅までは10分。

うん? なんかいるな…
なんか座ってるぞ
誰だろ、あの子。

 今回の旅の目的は、とあるコーポレートサイト制作のためのインタビュー取材と、福岡PARCOでスタートする展覧会の搬入立ち会い。そこにかこつけて10年以上ぶりな湯布院に行くことだった。

 まずは最初のお仕事であるインタビュー取材をするため、別府駅から約束の別府公園にむかう。駅の北側の坂を登っていると、岡本太郎の大きなレリーフが出迎えてくれて、なんだかラッキーな気分。

太郎さんだ!
気持ちのいい公園
竹林の道が印象的だったなあ

 公園のすぐ向かいに、大分県初の公園店舗型のスタバがあり、そこでじっくりお話を聞く。取材対象は、通訳の仕事をするカナダ人の女の子で、彼女のこれまでの環境やいまの別府の暮らしの話にとても共感して、なんだか随分話し込んでしまった。僕はいつもインタビューと言いながら、ただお喋りをしに行くだけの気持ちで現場に臨む。そして案の定「楽しかったなあ〜。またね!」なんて言葉を交わしてインタビューを終える。つまりはお喋りしたい人としかお喋りしてないんだと思う。それが編集者の特権なんだろうな。誰にお話を聞くかを決めるのはいつだって僕だ。誰かに頼まれてお話を聞きに行くってことが苦手。それゆえ、プロのライターさんはすげえなと、いつも発注しながらリスペクトしている。

 スタバでのインタビュー仕事を終えた後、鉄輪温泉で宿を営む20年来の友人、オノデラくんに連絡をしてみたら、会いにきてくれることになった。彼に会うのは5年ぶり。今日、僕はこの後夕方までに湯布院に行って、そのまま湯布院の温泉宿に宿泊する予定なのだけれど、オノデラくんが僕を湯布院まで車で連れて行ってくれるという。持つべきものは友人だ。早速スタバまで迎えに来てくれた彼の黄色いハスラーに乗って、ひとまず、鉄輪温泉のカフェ『SUNNY』で腹ごしらえすることに。

 「ふじもん、ここのハンバーグめちゃくちゃ美味しいから」
 そう言われて、ハンバーグを食べないわけがない。色々あるメニューのなかから迷わずハンバーグの定食を頼んでみる。こちらの店主は、元々、糸島にいらしたそうで、なるほどと思わせる店内は、ただおしゃれと言ってしまうのが憚られる心地よさ。そしてハンバーグは本当に美味かった! さらに味変用にと出してくれたカボスが「大分に来たぞー!」感を高めてくれるし、最高にいい仕事してる。

ほんっと美味しかった。

 鉄輪温泉から湯布院までは車で30分強くらいだろうか、「この道好きなんだよ。」運転しながら話す彼の言葉はまるでBGMのようで、僕はずいぶん気分がよくなって、助手席でぼーっと彼の色々を思い出していた。

 鉄輪温泉に移住してもうすぐ10年になろうかという彼は、元々大阪の出身で、いまはゲストハウスを運営しているけれど、関西にいる頃は、絵描きだった。アーティストネームは、マムチョ。だから僕はいまでも彼のことを「マム」と呼んでいる。ここまでオノデラくんと書いていたけれど、やっぱり僕にとってはマムチョであり、マムだ。彼とこんなアートブックを作ったこともある。

 懐かしいな。関西の人はFM802というラジオ局の「ミミちゃん」というキャラクターを覚えていないだろうか? あれも彼のworksの一つ。とにかく彼の描くキャラクターは愛らしくて、僕は彼の作品が大好きだった。特にキャンバスに描かれた作品群は、当時ファインアートの世界でも少しずつ評価されつつあって、単なるイラストレーションを超える作品として、大きな可能性を秘めているといまでも強く思う。けれど、彼はいつしか作家としての活動をやめてしまった。そこにはいろんな葛藤や思いがあったに違いない。僕は友人だからこそ、それをただ受け入れた。当時の彼は実にアーティストらしく、常に信念を貫こうとしたから、仕事の関係のなかでぶつかりも多かったと思う。お金を稼いでいくことと、表現していくことの狭間で若かった彼は揺れに揺れて、心を壊しかけているようにも見えた。その後、奥さんとなる、ゆきのちゃんと出会い、2人共にご縁があったわけではない鉄輪温泉に移り住み、宿をはじめることになった。つい先日、第二子も生まれて、すっかり落ち着いていく彼を微笑ましく思う一方で僕は、こうやって再会したことに何か意味があるような気がしていた。

標高1,583メートルの活火山、由布岳の緑がとても美しく、最高のドライブウェイ
途展望駐車場から湯布院を眺め、見事な盆地であることを知る。

  今回、湯布院まで足を伸ばした理由は、これまた20年来の知人で、尊敬する先輩である、イラストレーターの福田利之さんの展覧会を見たかったからだ。

 福田さんがロゴのデザインも手がけている『カフェラリューシュ』というお店で展示が行われていて、本来定休日だったにもかかわらず、福田さんの声がけで開けていただけることになっていた。しかも店主の伊藤さんが、福田さんの定宿でもあるという『束ノ間』という宿を予約してくれて、今夜はそこに宿泊することになっていた。ちなみになんと『束ノ間』さんも本来今日は全館休業日。なのに、一部屋用意していただけることに……ほんと申し訳ない。

 実は僕にとって湯布院は、25年近く前。国民宿舎に泊まる貧乏新婚旅行最後の日に、背伸びして『玉の湯』に泊まった思い出の地。その後、取材旅の道中に立ち寄ったこともあるけれど、それでももう15年ほど前だと思う。約束の時間より早く到着したマムと2人で目抜き通りを歩いてみる。

 平日なのに人は多く、原宿? 嵐山? と見紛うような観光通り化に少しだけ残念な気持ちになる。あの頃はもっと落ち着いた温泉地だったけれど、随分と様変わりしてしまった。そんななか、金鱗湖畔にあるカフェラシューシュは、湯布院の良心のように思った。

カフェラリューシュのテラス席かれら見る金鱗湖。ほんと美しい。

 約束の時間、定休日を使って店内改装中というとんでもなく忙しい状況の中、快く迎え入れてくれた店主の伊藤さん。早速案内してくれた福田さんの展示がとても素晴らしい。

 今回は山口県在住の有名なオートマタ(自動機械)作家である原田和明さんとのコラボレーション展ということで、福田さんのイラストがオートマタとなった作品も多数あり、それがとんでもなく可愛くて最高だった。オートマタすごい。ちなみに僕の住む兵庫県の西宮市は傀儡師と呼ばれる人形操り発祥の地だから、うちの近くでもやってほしいなぁと思う。

 アイスコーヒーをいただきながら、マムと2人で定休日のカフェを二人占めさせてもらう幸福な時間のなか、なんとなく僕は、マムチョに最近絵は描いてないの? と聞いてみた。福田さんの展示をみてあきらかに彼の内側のなにかが熱を持ちはじめているのを感じたからだ。すると彼はコロナ禍で宿泊業がとても大変なこと。絵を描くには色んな意味で余裕が必要だったこと。2人目の子供が産まれてくれたこと。自分が変化していったこと。そしていま気持ちが還ってきたことを丁寧に話してくれて、「描く。ふじもんに約束する。」と、そう言ってくれた。彼とここにきたことが運命だったんだなと思った。

 僕のいまの小さな夢は、ここカフェラリューシュさんでマムチョの展覧会が開催されて、それを観にやってくることだ。それがマムチョであろうとオノデラマサトであろうとなんだっていい。とにかく彼が描くキャンバス作品が再び多くの人の目に触れるといいなと思う。福田利之さんや原田和明さんのように、僕もだれかの背中をそっと押してしまうようなものをつくっていかなきゃなあとあらためて思う。旅は続く。

マム、THANKS!

 ここからはRe:Snoteメンバーの方と定期購読いただいている方に、信じられないくらい幸福な時間を過ごさせてもらった温泉宿『束ノ間』の写真を。見事にミルキーブルーなお湯とかマジ最高なので、ぜひご覧ください。

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