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リノベが本当に正解なのか?

 『55平米の小さな一軒家を2000万円予算で建てる』
これが今回のトークイベントの答えだった。

 そのトークイベントのタイトルは
『Hello New Economy! Talk
リノベか新築か、買うか借りるか、それが問題だ』

 Hello New Economy! という冠のもと、過去2回のトークを続けてきたこのイベント。1回目はファッション=衣。2回目はパン(発酵)=食。と来たものの、途中コロナ禍を挟み、満を持しての「住」をテーマにしたトーク。ゲストにお呼びしたのは、ともに兵庫県で建築設計をつづける、和田純さんと奥田達郎くんのお二人。

向かって右、マイクを握るのが奥田達郎くん

 奥田くんは、学生時代に学んだ文化人類学をベースに、人の営みと結びつきの近い建築設計を進め、なかでも、自身が住まう宝塚・清荒神の街の変化が全国から注目を集めている。清荒神の街は明らかに彼の登場で大きく変化した。ぼくがいまとてもリスペクトしている友人の一人だ。

 そしてもう一人のゲスト、和田さんとのお付き合いは、かれこれもう15年以上になるだろうか。2007年くらいにホームページの制作依頼をいただいたことがきっかけだったけれど、その打ち合わせのために訪れた当時の和田さんのお家に、僕はずいぶん感動した。大阪市内にあるマンションの一室ながら、天然の無垢材の床が気持ちよく、住居数の多い大型マンションの一室がこんなにも気持ちのいい部屋になるのかと驚いた。

 そんな和田さんのご自宅の気持ちよさのキーとなっているのが、天然の杉材だと知った僕は、そのことをきっかけに当時編集長をしていた雑誌Re:Sで『木からしる』という特集を組んだ。いまでも猛烈に記憶に残る取材で、以来、カフェなどで木のテーブルに出会うだけでも、すぐ指で年輪をなぞって、僕などよりよっぽど長生きなんだなとひとりごちる癖がついたほど。

 けれど和田さんとは10年以上お会いしていなかった。再会のきっかけは高知。昨年の夏に取材をすすめていた『かみきこうち』(NHK出版)において、神木隆之介くんと訪れた、高知県在住の翻訳者、服部雄一郎さん麻子さんご夫婦のお家。『サステイナブルに暮らしたい』(アノニマ出版)の著者としても有名なお二人は、ちょうど『サステイナブルに家を建てる』(アノニマ出版)という新刊を出版されたばかりで、なんとそんな服部家の設計をしたのが、和田純さんだった。

 神木くんに服部さんたちを引き合わせたいという思いから取材を組んだけれど、そこで僕自身が思わぬ再会のきっかけをもらった。そしてあらためて和田さんに連絡を取り、お会いしてお話を聞いたことが、今回のイベントの大きなきっかけだった。

Re:S特集『木からしる』を持つ僕

 2000年に独立されて以来、20年以上のあいだに大小40以上の住宅プロジェクトに関わって来られた和田さんは、前述の服部家の住まい設計に携わったり、いよいよご自身がDIYでとある山荘の再生をしたことで、一つの結論に至ったという。それを端的に言ったのが、冒頭の『55平米の小さな一軒家を2000万円予算で建てる』だ。

和田純さん

 僕自身、二年ほど前に中古マンションを購入したのだけど、和田さんのお話を聞いて、30代の僕に教えてやりたいと思ったし、世の中の若者たちに、いち早くこのことを伝えた方がいいんじゃないかと強く思った。それは、住まいという、いずれ朽ちるモノに対する、今を生きる我々の責任の話でもあるからだ。

 リノベーションという言葉が大衆的なものになり、そのこと自体はとても良いことだと思う。しかし実際にリノベーションに携わったことがある人たちは大抵、共感してもらえると思うけれど、新築の方がどれほど楽で、場合によっては安価で済ませられるかと、リノベーションという言葉がもたらすイメージと現実のギャップに戸惑った人も多いはずだ。

 いまあるものを活かしてつくるというのは、僕にとっては「編集」そのものだから、リノベーションというもののポジティブな価値を理解するのはとても容易だった。しかしそれは、SDGsだサステイナブルだという言葉が踊る時代にあって、世間の人たちにとっても同じだろう。現在、住まいを考える中で、リノベーションという選択肢を持つ人は格段に増えているに違いない。現実的にリノベ物件を見た時、その多くは築40年くらいまでの「新耐震」(1981年/昭和56年に適用された厳正な耐震基準)を満たした物件が多いと思うけれど、ただその一点を頼りに物件を決めるというのも、かなり難題だ。

 壁を壊したり、床を剥がしたりして、基礎を確認してから購入するというわけにもいかず、えいや!と思い切って中古物件を購入したものの、いざ蓋を開けたら基礎がひどい状態で、内装のリノベだけでは到底気持ちよく住めないなんてことも多々ある。そうすると、想像以上に手間もお金もかかるし、当然のこと、工期も延びる。その分、情熱とエネルギーの持続も難しくなって疲弊する。という現実が日本中のあちこちで起こっている。

 そもそもリノベーションしたいという気持ちのなかには、できるだけ安価に済ませたいだけでなく、いまあるものを大切に使いたい、できるだけサステイナブルな選択をしたい、という気持ちがあるように思う。そんな思いで物件を引き継いだものの、基礎がボロボロだったりするのは、正直、そもそも新築の際によい仕事がなされていないからという側面もある。住宅が産業化されて、安価な工業品としての建築資材が使われていくことのメリットは、短期に大量に住宅が作れるところだ。

 1950年代に1300万人だった首都圏の人口は、1970年代に2400万人まで増加している。こういった都市部の急激な人口増加に対して、住まいの確保は国としての喫緊の重要課題だった。そこで、効率と経済合理性にもとづいた建築がたくさん生まれて行ったのは仕方がないと思う。しかし問題なのは、そういった時代の考え方を基盤とした仕組みがいまもなお、変化できないでいることにある。

 住まいづくりにいくらでも予算がかけられる人など、一握りも一握りだ。多くの人たちは限られた予算のなかで住まいを考える。その際に、安価な資材ばかりを使うのではなく、大事なところにきちんと、天然の無垢材のような、よい素材をつかいたいと思うならば、まず、その住居自体をコンパクトにするべきだ。

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