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人を殺したい・復讐したい…この気持ちを諦めた先に何があるのか。私の経験談
誰か気に入らない人を殺したい。復讐したいと思っていませんか?
そう思う「気持ち」はごく普通の事で、誰にでもある感情です。
こんなダークネスな気持ちを持っている自身を、まずは責めないでください。
私も「毒親」を本当に殺したいと思っていて、それを実行する一歩手前まで行ってしまっていた過去があります。だから、もし貴方が人を殺したい。復讐したいと思っているなら、私はその気持ちを理解できると思います。そして責める気は全くありません。けれど……
復讐心。その気持ちの果てに何があるのか。
それはネットで検索しても、身近な人に聞いても誰も教えてくれません。
むしろ、誰も知らないから答えられないでしょう。
本当に人を殺し、復讐しようと思った私が、人を殺さずに、過ごした果ての気持ちをここに書き綴りたいと思います。
人を殺し、復讐しようとしているのであれば、一度これを読んで少しでも参考になり、貴方の人生が本当の闇に落ちない事を願うばかりです。
かつて私は「毒親」を本気で殺し、復讐しようと思っていました。
毒親には、暴力・言葉の暴力・束縛・支配・監視・軟禁・恫喝・窃盗・ストーカー・無許可で離婚届の提出等ここには書ききれない程の沢山の酷いことをされてきました。
私はそんな毒親から逃げるために沢山の努力をし、何度も何度も必死に逃げてきました。しかし毒親は様々な手を尽くし、しつこくしつこく私の居場所を突き止め再び毒親の支配下に置こうとしてきました。
その度に私も諦めずに毒親から逃げていましたが、果てに私はPSTDになり、仕事もままならず、日常生活…外出も困難となってしまいました。
こんな風に追い詰められ、全てを奪われ、私に残った感情は「毒親を殺したい。復讐したい。」という気持ちだけでした。
刑務所に入る覚悟で殺したい。
でも毒親を殺した後に、刑務所に入るのはゴメンだというズルい気持ちも…
殺し屋に大金を渡して殺人代理してもらおうかな。
毒親を殺してもバレないように完全犯罪方法を練っては練っては…ずっと考えていた日々だった。
なんならいっそ、放火して毒親だけではなく家も財産も全て燃やそうかな。
毒親を殺した後は、自分も自殺してしまおう。
自殺するなら骨も残らず死ねたらいい。毒親と同じ墓に入るのは嫌だから。
本当にこんな風にどす黒い最悪な感情でした。
でもなぜその気持ちを復讐に実行せず留まれたと思いますか?
理由は本当に単純だけど、
幸せになりたかったから。
毒親にしつこく酷いことをされても、諦めずに何度も逃げられたのも、
幸せになりたかったから。
毒親のせいで不幸だった人生を簡単に諦めたくない。
毒親のせいで独りぼっちだった人生…
今度こそは絶対に揺るがない家族を手に入れて、子供も持ちたい。そして自分から誰かを愛して、誰かに必要とされたい。
単純だけどそんな風に幸せになりたかったから。
毒親を殺して刑務所に行って、その幸せになれるチャンスを潰したくなかった。
それでもPTSDでメンタルが壊れていたから、あまりにも今の状況が辛くて毎日自殺しようとも考えていたけど…
とりあえず毒親を殺すことは頑張って我慢した。
毒親を殺すことを我慢していた日々は辛く、
毎日毎日「殺す…殺してやる!!」なんて呟いていた。
好きなことをして気を紛わせようとしても、常に毒親が思い浮かんで消えなくて辛かった。
そして本当に我慢できなくなった時、飛行機の距離で…実家に戻るには超不便な場所へ引っ越しして、物理的に復讐が無理になれる所へ逃げた。
そして精神が落ち着くまでは地元に絶対に帰らない。と決めた。
だって地元に帰ったら…毒親を殺しに向かってしまうから。
そうして6年ほど耐えた。PTSDの治療もしながら。
そして今は……
毒親を殺さなくて良かったと思っている。
勿論、今でも「毒親を殺したいほど憎い」そして、死んでくれればいいと思っている。
だけど、殺さなくて良かったと思っている。
よく他の人に「人を殺したい。復讐したい。」と相談すると皆口々に揃えて「人を殺しちゃダメ!」「復讐心なんて忘れて貴方が幸せになりなさい!」って言うよね。
勿論、毒親を殺したいと思っていたあの頃の私に、そんな説得は通じない。
本当に苦しんでいる人にとって、偽善的な言葉にしか感じられない。
けど、違う目線で言えば少し合っていると思うんだ。
それは「自分が幸せになれば、復讐心が紛れる」って事。
だから「自分が幸せになりなさい」という言葉は、貴方を不幸にさせない為に導こうとしている言葉だと思うんだ。
そして本当に人を殺せば「人を殺した後悔の十字架を一生背負う」と思っている。
本当に毒親を復讐心で殺したとき、きっと心から毒親という存在が払いのけられて、復讐心が消えてスッキリすると思う。
だけど、それは一時的。
その後貴方は逮捕され、刑務所に行くだろう。釈放された後、毒親がいない静かな生活を味わえるかもしれない。
だけど絶対に心の奥底に「人を殺してしまった罪悪感・十字架」が死ぬまで一生のしかかってくる。
これは私が本当に感じたこと。
だから人間って簡単に人を殺せないんだと思った
だって誰もが皆、「アイツむかつく、殺したい」なんて思っても本当に殺人に実行できる人は少ないでしょ?
やっぱり、復讐心が晴れるのは一時的で、その後はずっと「人を殺してしまった事実とその十字架」を死ぬまで背負う。
それは心身的にも辛いだろうなと思った。
だったら、自分が幸せになることで復讐心が紛れていった方が良くない?
私は今頑張って欲しかった幸せを手に入れて、素敵な家族を手に入れて…
こうして幸せな日々を過ごしていると、毒親への復讐心は心の奥底に封印されていったような気がした。
勿論、今でも毒親は殺したいほどにムカつくし、早く死んでくれ。っていう気持ちはあるけどね。
でも自分が幸せでいたら、復讐心が紛れて心が楽になった事を実感している。
そしていちいち毒親を思い出す事自体が面倒くさくなったんだ。
本当に、復讐心ってエネルギーを使うんだなぁ…
だから、大丈夫。
貴方が幸せで楽しい気分になると、その復讐心が紛れるから。
貴方には、貴方の人生があり、幸せになる権利があると思う。
復讐したい人を殺してまで、貴方の人生を潰す必要は本当にないと思う。
人を殺したら幸せになれるって事は無いと思う。
後悔という不幸が待っているだけだろう。
厳しいことを言うが、「私は絶対後悔しない。」という自信があるのは、実際に復讐に実行していないから言える言葉であって、本当に復讐をして、刑務所に入り刑期を終えても…復讐の果てには何も残らない。得た物は何もないのだ。
だからストレートに私は言う。
復讐は絶対にしない方がいい。
自分がより不幸になるだけだ。
というわけで、とても長くなってしまったけど最後まで読んでくれてありがとうございます。
今回書いた内容を簡単に要約すると……
☆毒親は結果的に殺さなくて良かったと思う
→毒親を殺して、自分が幸せになれるチャンスを壊したくないから
☆人を殺して復讐心が晴れるのは一時的
☆人を殺したことによる十字架は一生背負わなければいけない
☆自分が幸せに生きた方が、復讐心が紛れる。
☆復讐しても何も得られないし、何も残らない。
☆復讐すると自分がより不幸になるだけ。
復讐心を諦めることは負けではない。
だから今、その心を落ち着かせて…自分の為に楽しい。幸せ。そんな気持ちになれる事から始めてみませんか?