「二人のテイラー(TAYLOR)物語」
信頼がおける ある政治家のYOU TUBE番組を見ていたら、
今やアメリカというより世界のポップ界を代表するテイラー・スイフト の
歌うシャンペーン・プロブレムが話題になっていた。
彼が最近出版した小説の登場人物に歌わせる筋らしい、ヘーツと思った。
やるね、日本の政治家も。
気が付かなったが、グラミー賞を何度も受賞している実力者。
世界中にファンがいて日本にも多数のファンがいる大活躍のテイラーだが、アメリカ時代の
ある日の記憶がよみがえった。2005-6年頃だが、アメリカ中西部の場所はどこだろう、思い出せない、
カントリー・ミュージックの大会があって、ほとんどがひげもじゃ大男の参加する大会で、
カントリー曲の大御所ジョニーキャッシュやティム・マックグロウを歌って気勢を上げる、
そんな大会だった。そんな中で一人だけ身長、細身の女の子が出てきてバンジョーかきならしながら、男たちに負けじと勇ましく歌っていたのを思い出した。
特に優勝して目立ったわけでもなかった。思えば、あれが出世直前のテイラー・スイフトの姿だった。カントリーミュージックガール。
17歳で Tim McGrow(TM)というヒット曲を出し、その後の活躍は皆さんが
ご存じのとおりです。
今や世界のテイラー・スイフトであり、スターダム迄一気に駆け上った。
お見事というしかない。そばかすのあったあの娘がという思いだ。
TMもなつかしい、よく米国中西部ミズーリにある自動車工場の仲間たちとビール片手に
夜遅くまでダンスに興じていた。10代のころのテイラーの歌;Our SongやTMは、いずれも
中西部の女の子のビタースイートなラブソング。
ただそれだけ。英語の歌詞を読むだけでは何の感激もわかない。
たぶん音楽性が判らないと、聞いてもよさが判らないのだろう。
ただ流れるような物語の紬具合に、彼女の才能がほの感じられた。
そして今や世界の歌姫としてアラサーになって歌ったのが、
シャンペーン・プロブレム。
ご存じの方は多いのかもしれないが、音痴の私の耳でも、いい曲に思う。
洗練されたいい曲に思える。 歌詞の一部だけ紹介すれば、
You booked a night train for a reason
So you could sit there in this hurt
Bustling crowds or silent sleepers
You're not sure which one is worse
Because I dropped your hand while dancing
Left you out there standing
Crestfallen on the landing Champagne problems
(以下 略) ここまでがテイラー・スイフトのこと。
もう一人の、アメリカ女性 テイラー・アンダーソンについて。
普通のアメリカの娘さん。スイフトとほぼ同年齢で、米国東海岸ヴァージニア州生まれ。
若いころに、たまたま見た映画、宮崎駿の「となりのトトロ」に接し日本好きになった。
大学卒業とともに、日本に来て、何故か宮城県石巻の小・中学校で英語のアシストALTとなり2008年から英語教育に参加してくれていた。
アサインメントは2011年8月までで、3年の期間を過ぎ、帰国を前にした
3・11被災で命を落とした。外国人死者41人のうち、アメリカ人はアンダーソンさんただ一人。
ご両親はさぞやお悲しみのことであったろうと思うが、テイラー記念財団を作られ、
娘さんの好きだった日本とアメリカの懸け橋になるという夢の続きを、
今も日米で財団活動を通じて行っている。
財団の理事(長)には、元駐米大使の藤崎さんご夫妻が協力され、活動を支えてくれている。
石巻管内の小・中学中心だが、石巻高校や石巻専修大学まで、テイラー文庫という彼女の名前のついた小さな図書館を設置し、英語書籍・絵本を寄贈されている。
私の心には、日本人の多くの犠牲者だけでなく、津波で犠牲となった外国人たちへの思いがある。たまたま故郷女川で外国人労働者で来ていた中国人の若者たちは、
水産加工会社の若社長が自分の命と引き換えに、19名全員の命を守った。
こちらのテイラーさんについては、石巻(万石浦)で生徒たちを家に無事帰るよう指導の上で、
ようやく自宅に戻ろうとして犠牲になったとある。
石巻の小さな村で、村人がテイラーに十分なアドバイスをしてくれたのか、できただろうか
実は前から気になっている。英語の問題もあるから。
2011・3・11当時は、インドにいた自分は、部外者で何も言えない
私の中のハート時計は3・11の午後2時46分を指したまま動かない。
以上。