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映画『ブラックバード、ブラックベリー、私は私。』感想

予告編
 ↓

PG-12指定


肯定


 ヒューマントラストシネマ有楽町にて鑑賞……っていうか都内だと他の劇場では上映していないっぽい本作(1月7日現在)。

 たしかに一部センシティブと呼べそうなシーンもありましたが、取り立てて騒ぐような描写でもなく、PG指定も入っているし、もうちょっと各所で上映してくれても良かったんじゃないか、と個人的には思います。オススメしやすい作品ではないかもしれませんが、割と好きなタイプの映画だったので。



 今まで一度も結婚願望を抱かずに一人で生きてきた中年女性・エテロ(エカ・チャブレイシュビリ)は、趣味のブラックベリー採集の折、足を滑らせ崖から転落してしまいそうになる。そこで「死」を意識したことをきっかけに生まれて初めて男性と肉体関係を持ち、それ以来、彼女の日々が少しずつ変わり始めていく……。
 映画情報サイト等にも載っていますが、大まかなあらすじはこんな感じ。そして、物語の導入部分である冒頭からのこの一連のシーンの描かれ方が面白い。


 彼女が営む日用品店に商品を卸しに来ていたムルマン(テミコ・チチナゼ)と関係を持つことになるのですが、彼女の中に芽生えた突発的な衝動を窺わせる急な始まり方に、まず不意を突かれました。

 そしてカットが変わり、情事後のちょっとしたまどろみが描かれる。白い粉(ムルマンが持ってきた小麦粉だか何だかの新商品?)が床に散乱しており、(下品な連想かもしれませんが笑)まるで “事を終えた” ことを象徴していたかのよう。
 そこでハッと我に返った彼女は、扉を閉め忘れていたことに気付き、さっさとムルマンを追い出してから扉の鍵を閉める。これもまた、「うっかり扉が開いていた」という事実がエテロの “うっかり他人を受け入れる状態になっていた” という心理の暗喩にも見えてきて面白い。


 その際、彼女はハッキリと「処女を失った」と独り言を溢します。同時に、自ら“手で触って確認する”という行為を挟むことによって、初体験であることを強調してくれるわけですが、それは前出のブラックベリー採集のシーンがあったからこそ活きてくる動作。

 ブラックベリーの実を摘みながら、時にはそのまま口に運んだりしていたため、彼女の指先はブラックベリーの果汁で赤くなっていました。手で触って指先を確認した際、“何を確認したか” までは明言されていなかったものの、観客の脳裏にはブラックベリー採集時に指先が赤くなっていた様子が浮かんでいたことでしょう。何を確認したかをわかりやすくしてくれます。(ネタバレ防止のため詳細は割愛しますが、“自身の身体に訪れた変化を確認する” という行為が終盤のシーンでも活きてくるのも面白い。)



 序盤から細かな部分での面白みが窺い知れる本作は、それだけで、本作全体を注意深く鑑賞したくなってきます。登場人物らの表情までじっくりと眺められるゆったり目のスピード感もまた、以上のような味わいが楽しみやすくなる特徴の一つだと思います。
 「一人を満喫していた主人公」、「独身中年を勝手に憐れむ周囲」、「突発的に持ってしまった肉体関係」……etc. 人間関係だったり幸福の定義だったり、色々と考えながら鑑賞したくなる物語との相性がとても好い。鑑賞前、予告編映像を見た段階からなんとなく想像していたものとは少し違った雰囲気にも感じられました。

 「考えながら」ということで言えば、タイトル(ジョージア語?の原題『Shashvi shashvi maq'vali』は、調べても言葉の意味がよくわからなかったので、あくまで邦題、及び英題)の「ブラックバード」が何を指すのか、いまいちわかっていないまま鑑賞してしまいました。どうやらちゃんとした意味があったそうな。

 劇中にも出てきますが、主に黒ツグミを指す「ブラックバード」は、「知恵」や「美」のたとえ。周囲から勝手に不憫だと言われたり、独身であることや体型について嘲られたりすることがあったものの、彼女自身、及び彼女の人生そのものは他人から否定されるようなものでは決してないことを教えてくれる重要な象徴だった。個人や生き方それぞれに知性や美徳があり、コミュニティの形成にせよ人間関係にせよ、人生や生き方において何か一つの型だけを正解とするわけじゃない。そう思わされます。

 タイトルの意味一つとっても、こういった事前の認識があるだけで本作の味わいがより深いものになっていたかもしれないと思うと、ちょっと悔しいです笑(もちろん、自分なりにも考えを巡らしながら観てはいましたけど)。


 また、予告編映像で「新しいフェミニストのヒロイン!」なんてコメントが載っていたために、正直言うと若干身構えて観ていた節もあったのですが、本作はもっと軽やかに人生を肯定してくれる映画でした。
 ラストシーンも、彼女の中を駆け巡る様々な心理を想像させてくれる素敵なシーンでありながら、彼女自身が何かを語ったり、その後に何かが起きたりといったことが描かれない。コレといった答え合わせをしないというか、何を正解とは言い切らない締め括りが、「どんな人生をも肯定してくれる」なんて思えた理由かもしれません。


 ジョージアの作家タムタ・メラシュビリ氏による大ヒット小説を実写化した本作は、冒頭にも述べた通り上映館数が少ないため、なかなか観る機会を作りづらく、また、センシティブなシーンもあるので配信もどうなることやら……。誰かと感想を共有する機会はなかなか多くないかもしれませんが、色んな方の感想を拝見・拝聴したいものです。


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