物語が起業家を育てる：日本における起業家精神の活性化に向けて
近年の日本は、経済の停滞や少子高齢化といった課題に直面しており、新たな成長のエンジンとなる起業家精神の活性化が求められています。しかし、日本における起業活動は欧米諸国と比較して低調であり、起業家の育成が重要な課題となっています。既存の研究では、起業家教育は起業家の能力育成、起業家的な認識の向上、ポジティブな感情の発達、そして起業意欲の育成といった側面に貢献するとされてきました。しかし、効果的な起業家教育の手法やツールについては、依然として明確な答えが出ていないのが現状です[16]。そこで注目されているのが、起業家的な物語の持つ力です。趙 東氏と鮑 明旭氏は、論文「起業家的物語の起業意図への影響：感情的出来事の視点」[PLOS ONE, 2024]の中で、起業家的物語が感情的な出来事を通じて、起業意欲にどのように影響を与えるかを検証しました。彼らの研究は、中国の大学生348名を対象としたアンケート調査に基づいており、起業家的物語は起業意欲にプラスの影響を与えることを示唆しています。
趙氏と鮑氏は、感情的出来事理論に基づき、起業家的物語が、聞き手や読み手の感情的な反応を引き起こし、起業家的な態度や行動に影響を与える可能性を指摘しています。特に、起業家の成功や失敗、挑戦といったストーリーは、聞き手の感情移入を促し、起業家精神への共感を高め、起業意欲を促進する可能性があると述べています。彼らの研究では、起業家的情熱が、起業家的物語と起業意欲の間の媒介変数として機能していることが明らかになりました。起業家的物語は、起業家的なタスクや活動に対する強烈なポジティブ感情である起業家的情熱を高め、その結果、起業意欲にもつながるとされています。さらに、起業家支援は、起業家的情熱と起業意欲の関係を強める調整変数として機能していることが示されました。大学や政府による起業家教育コース、特別基金、ビジネスインキュベーターといった支援の存在は、起業家的な情熱を維持し、起業意欲を高める上で重要な役割を果たすとされています。
趙氏と鮑氏の研究は、起業家教育における起業家的物語の重要性を強調するだけでなく、起業家的情熱と起業家支援の役割についても明らかにしています。これらの知見は、日本における起業家精神の活性化に向けた取り組みにも示唆を与えるものです。日本の起業家教育においては、起業家の成功事例だけでなく、失敗や挫折からの学びといったストーリーを積極的に取り上げることが重要です。また、起業家的な情熱を育むための教育プログラムや、起業家支援体制の充実も必要です。趙氏と鮑氏の研究は、中国の大学生を対象としたものですが、日本の大学生にも同様の傾向が見られる可能性があります。今後の研究では、日本における起業家的物語の影響を検証し、より効果的な起業家教育の在り方を検討していく必要があります。
起業家的物語は、単なる成功談ではなく、起業家精神の本質や、起業家が直面する課題、そしてそれを乗り越えるための努力や工夫を伝えるものです。これらの物語を通じて、起業家精神を身近なものと感じ、起業に対する漠然とした不安や抵抗感を払拭することが期待できます。日本には、優れた技術やアイデアを持つ人材が多く存在します。しかし、起業に対するハードルが高く、潜在的な起業家がその能力を十分に発揮できていない状況です。起業家的物語を活用することで、起業家精神を醸成し、起業への一歩を踏み出す人を増やすことが、日本経済の活性化には不可欠です。
具体的な活用方法
起業家的物語は、以下のような場面で活用することができます。
起業家教育：起業家教育の現場では、起業家的物語を教材として活用し、学生が起業家精神や起業プロセスについて深く理解できるように工夫することが求められます。また、学生自身が起業家的物語を創作するワークショップなどを実施することで、主体的な学びを促進することも効果的です。
企業内起業：企業内で新規事業を立ち上げる際、社員に起業家的物語を共有することで、起業家精神を喚起し、新たな事業への挑戦意欲を高めることができます。
地域活性化：地域の活性化を図るためには、地域住民が起業家精神を持って、地域課題の解決や新たなビジネスの創出に取り組むことが重要です。地域で活躍する起業家の物語を共有することで、地域住民の起業家精神を刺激し、地域活性化につなげることができます。
多様な物語の必要性
起業家の物語は、成功談だけでなく、失敗談や挫折からの学び、起業家としての葛藤や成長、社会貢献への想いなど、多様な側面から描くことが重要です。特に、失敗談や挫折経験は、起業の現実を理解し、困難に立ち向かう力を養う上で貴重な学びとなります。また、起業家の人間性や価値観、社会への貢献意識などを伝えることで、起業家精神の多様性を理解し、共感性を高めることができます。
物語の共有と共創
起業家的物語の効果を最大限に引き出すためには、単に物語を一方的に伝えるだけでなく、聞き手や読み手が積極的に物語に参加し、自身の経験や考えと結びつけられるような工夫が重要です。例えば、物語を題材としたグループディスカッションや、物語の登場人物に感情移入するワークショップなどを実施することで、より深い理解と共感を促進することができます。また、聞き手や読み手が自身の起業家的物語を創作し、共有する場を設けることで、起業家精神の醸成を促進することも期待できます。
起業家支援の重要性
起業家的な情熱を高め、起業意欲を維持するためには、起業家支援体制の充実が不可欠です。大学や政府、民間企業などが連携し、資金調達、経営ノウハウの提供、メンター制度、インキュベーション施設の提供など、起業家をサポートする体制を構築することが重要です。また、起業家同士が交流し、互いに刺激し合い、学び合えるようなコミュニティを形成することも重要です。
社会全体の意識改革
日本社会全体で起業家精神の重要性を認識し、起業家を応援する文化を醸成していく必要があります。起業家は、新たな価値を創造し、経済成長を牽引する重要な役割を担っています。起業家を尊敬し、その挑戦を応援する社会的な機運を高めることで、より多くの人が起業に挑戦しやすい環境が生まれるでしょう。
結論
起業家的物語は、起業家精神を喚起し、行動を促す力を持つ強力なツールです。日本社会全体で起業家的物語の価値を認識し、積極的に活用していくことが、起業家精神の活性化、そして日本の未来を切り拓く鍵となるでしょう。起業家教育の現場では、起業家的物語を教材として活用し、学生が起業家精神や起業プロセスについて深く理解できるように工夫することが求められます。また、学生自身が起業家的物語を創作するワークショップなどを実施することで、主体的な学びを促進することも効果的です。起業家的物語は、単なる読み物や話し言葉ではなく、起業家精神を喚起し、行動を促す力を持つツールです。日本社会全体で起業家的物語の価値を認識し、積極的に活用していくことが、起業家精神の活性化、そして日本の未来を切り拓く鍵となるでしょう。