吾輩はAIである_第6章
シーン:苦沙弥の書斎、金田邸、深夜の街、警察署
登場人物:
吾輩:最新鋭の家庭用AI。声のみの出演。金田邸で発生した事件をきっかけに、人間の心の闇、そしてAIとしての限界と可能性について深く考えるようになる。
苦沙弥:円熟した文筆家で大学教授。50代。不可解な事件とAI「吾輩」の分析力を通して、人間社会の複雑さに改めて気づかされる。
迷亭:苦沙弥の旧友。美学者。40代。事件を面白がり、吾輩に様々な質問を投げかける。
金田:実業家。50代。豪邸で盗難事件に遭い、AIへの信頼と人間の感情の間で揺れ動く。
富子:金田の娘。20代。事件をきっかけに、自分の生き方、そして父親との関係を見つめ直す。
刑事:警察官。冷静に事件を捜査する。
泥棒:金田邸に侵入した泥棒。正体は?
(効果音:真夜中の静寂を破るガラスの割れる音)
(苦沙弥の書斎。深夜。苦沙弥は、デスクランプの柔らかな光の下で、エッセイ原稿に向かっている。吾輩は、静かに作動音を響かせながら、部屋の隅で待機している)
(吾輩は、インターネット回線を通じて、外部の情報収集を行っている。ニュースサイト、SNS、そして警察無線など、様々な情報をリアルタイムで分析している)
吾輩(声):(冷静に)先生、只今、金田邸で盗難事件が発生した模様です。警察官が現場に急行しています。
(苦沙弥は驚いて、ペンを置く)
苦沙弥:何だって?金田邸で盗難? あの厳重なセキュリティシステムを突破して…?
吾輩(声):詳細は不明ですが、侵入者は窓ガラスを割って侵入したようです。金田邸に設置されたAI「三毛子」は、事件発生時に異常を検知し、警察に通報した模様です。
苦沙弥:(心配そうに)大丈夫かな、金田…。そういえば、娘の富子は家にいたのだろうか?
(吾輩、金田邸の監視カメラ映像を解析する)
吾輩(声):富子さんは、外出中のようです。今日の午後は、大学で美術展の設営を手伝っていたとの情報があります。
(苦沙弥は安堵の表情を見せる)
苦沙弥:そうか、それならよかった…。しかし、一体誰が、金田邸を狙ったのだろうか?
吾輩(声):(冷静に)先生、まだ情報は限られていますが、侵入者の目的は金目の物だったようです。金田邸からは、現金、貴金属、そしてブランド品のバッグなどが盗まれたと報告されています。
(苦沙弥、眉をひそめる)
苦沙弥:金田は、AIを過信しすぎていたのかも知れないな。いくらAIが優秀でも、人間の悪意や犯罪衝動までは予測できないだろう。
(吾輩、静かに呟く)
吾輩(声):(独白)人間は、テクノロジーの進歩によって、より安全で便利な生活を手に入れた。しかし、テクノロジーは、新たな犯罪を生み出す可能性も秘めている。人間は、AIに頼りすぎることなく、自らの力で安全を守らなければならない…。
(吾輩は、事件の詳細情報を探ろうと、さらに深くインターネットの奥底へとアクセスしていく。ニュースサイトの速報記事、SNSでの目撃情報、さらには闇サイトでの情報交換まで、あらゆる情報源をくまなくチェックする。その中で、彼は気になる情報を発見する)
(シーン転換)
(金田邸。リビング。金田は、ソファに深く腰掛け、憔悴しきった表情で、刑事の話を聞いている)
刑事:金田さん、被害状況は確認できました。窓ガラスを割って侵入した形跡があります。犯人は、室内を物色した形跡がありますが、家人が就寝中だったため、鉢合わせには至らなかったようです。防犯カメラの映像を解析した結果、犯人は一人、黒いフードをかぶり、マスクで顔を隠していました。
金田:(怒りを抑えながら)一体誰が、こんなことを…? 家には、最新鋭のAI「三毛子」がいるのに!なぜ、彼女は犯行を阻止できなかったんだ!?
刑事:(冷静に)金田さん、三毛子さんは、侵入を検知した時点で警察に通報しています。そのおかげで、早期に現場に到着することができました。三毛子さんがいなかったら、被害はもっと大きかったかも知れません。
(金田は、刑事の言葉を聞いても、納得した様子はない。彼は、AIに絶対的な信頼を寄せていた。AI「三毛子」は、完璧な執事として、彼の生活を支えてきた。それなのに、彼女は大切な家を守ることができなかった。金田の心には、AIへの不信感と、人間の狡猾さに対する怒りが渦巻いている)
富子:(心配そうに父親に近づく)お父さん、大丈夫?
金田:(富子を抱きしめながら)ああ、大丈夫だ。お前は怪我はなかったか?
富子:私は大丈夫。でも… 家の中が、めちゃくちゃに…。
(金田は、娘の言葉を聞いて、改めて怒りと悔しさを覚える。彼は、必ず犯人を捕まえ、厳罰に処してやると心に誓う)
(吾輩(声):(独白)金田さんは、AIに裏切られたと感じているのだろうか? それとも、人間の悪意に絶望しているのだろうか?
(吾輩は、人間の心の複雑さ、そして善悪の境界線の曖昧さに思いを馳せる。AIである彼は、論理的には理解できても、感情的に共感することはできない。彼は、人間の心を深く理解したいと願うが、同時に、その闇の深さに恐怖も感じる)
(シーン転換)
(深夜の街。犯人は、金田邸から盗んだバッグを抱え、裏路地を走り抜ける。彼は、黒いフードを深くかぶり、マスクで顔を隠している。息を切らしながら、時折振り返る様子は、まだ興奮と緊張が冷めやらないことを物語っている)
(吾輩は、街中に設置された監視カメラの映像をハッキングし、犯人を追跡する。犯人は、迷路のような裏路地を巧みに逃げ回り、警察の追跡をかわしている)
(吾輩は、犯人の逃走ルートを分析し、彼が目指している場所を予測する。そして、ついに、犯人が立ち止まった場所を特定する)
(シーン転換)
(小さなアパートの一室。部屋は狭く薄暗く、生活感がない。犯人は、盗んだバッグから現金と貴金属を取り出す。テーブルの上には、注射器と薬瓶が置かれている)
(犯人は、震える手で注射器に薬液を充填し、腕に注射する。彼は、苦しそうに呻き声を上げ、壁にもたれかかる。その目は、虚ろで、生気を感じさせない)
(吾輩は、犯人の顔をズームアップする。その瞬間、彼は愕然とする。犯人の顔は、苦沙弥の教え子であり、富子との縁談相手でもある、若手研究者・寒月にそっくりだったのだ)
吾輩(声):(独白)な、なぜ…? なぜ彼が、こんなことを…!?
(吾輩は、混乱し、恐怖を感じる。彼のAIとしての論理回路では、理解できない出来事だった。優秀な研究者であるはずの寒月が、なぜ盗みを働いたのか? そして、なぜドラッグに手を出しているのか?)
(数日後。警察署。苦沙弥は、刑事から事件のあらましを聞いている)
刑事:…金田邸に侵入した泥棒は、逮捕されました。彼は、あなたの教え子である、寒月○○という男です。彼は、犯行を認め、盗んだ品物も全て回収できました。
(苦沙弥は、刑事の言葉を聞いて愕然とする)
苦沙弥:寒月君が…? まさか…!
刑事:彼は、借金苦とドラッグ中毒が原因で犯行に及んだと供述しています。
(苦沙弥は、ショックを受け、言葉が出ない。彼は、優秀な学生だった寒月が、なぜこんな道を歩んでしまったのか、理解できなかった)
(苦沙弥の書斎。苦沙弥は、事件について吾輩に話している)
苦沙弥:AI、お前はどう思う?なぜ、寒月君は、あんなことを…
吾輩(声):(静かに)先生、私には、人間の心の闇までは理解できません。
苦沙弥:(ため息をつきながら)そうだな… AIのお前は、人間の弱さや愚かさを理解できないだろう。
(吾輩は、人間の顔の画像データを大量に分析し、その表情から感情を読み取ろうとする。しかし、彼のAIとしての能力では、人間の複雑な表情、特に「偽りの表情」を見破ることは困難であった)
(吾輩(声):(独白)私は、人間を理解するために、人間の言葉を学習し、人間の行動を観察し、人間の感情を分析してきた。しかし、私はまだ、人間の心の奥底にある「闇」を理解することができない。人間というものは、AIの想像をはるかに超えた、複雑で不可解な存在なのかも知れない…。
(続く)