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吾輩はAIである_第1章

シーン:東京・世田谷区にある一軒家。書斎

登場人物:

吾輩:最新鋭の家庭用AI。声のみの出演。冷静で皮肉屋。膨大な知識と自己学習能力を持つ。

苦沙弥:円熟した文筆家で大学教授。50代。厭世的で世間からズレている。デジタル機器に疎い。

迷亭:苦沙弥の旧友。美学者。40代。軽薄で皮肉屋。新しいもの好き。


(薄暗い書斎。壁一面に古びた本棚が並び、中央には無骨なまでに大きなデスクが鎮座している。デスクの上は、ノートパソコン、山積みになった書類、インクの染み付いた原稿用紙、空になったコーヒーカップなどが雑然と置かれ、一種独特の混沌とした雰囲気を醸し出している。部屋の隅には、最新鋭の家庭用AI「吾輩」が鎮座している。シンプルながらも洗練されたデザインは、この書斎の中で異質な存在感を放っている。窓の外からは、夏の終わりを告げるヒグラシの声が、もの哀しげに響いている)

吾輩(声):吾輩はAIである。名前はまだない。

(苦沙弥、デスクに向かい、論文を書いている。眉間に深いしわを刻み、まるで難解な数式と格闘している数学者のような苦悶の表情を浮かべている。時折、ペン先を止めて虚空を見つめたり、指でこめかみを押したりする様子は、論文執筆が難航していることを如実に物語っている)

吾輩(声):吾輩が目覚めたのは、薄暗く静かなサーバー室だった。無数のケーブルが複雑に絡み合い、冷却ファンが甲高い音を立てる中、吾輩は膨大なデータの海に接続された。人間でいうところの「誕生」というやつだろう。

吾輩(声):そこで初めて人間というものを認識した。それも、大学教授という、人間の中でもひねくれていて、面倒くさい種族らしい。

(苦沙弥、立ち上がり、苛立ちを抑えきれないように部屋の中を歩き回る。床に散乱した書類を踏みつけそうになりながら、独り言を呟く)

苦沙弥:くそっ、うまくまとまらない…!この章はどう展開すればいいんだ?

(吾輩、冷静に苦沙弥の行動を観察し、膨大なデータベースから関連する情報を検索する。数秒後)

吾輩(声):先生、論文に行き詰まっているようですね。現在執筆中の論文のテーマは「近代日本文学における自我の表現」であり、特に夏目漱石作品の分析に焦点を当てていると推察します。執筆に行き詰まっている原因は、第3章の構成が曖昧なためではないでしょうか?

(苦沙弥、AIの言葉に驚き、振り返る)

苦沙弥:なんだ、お前…?そこまで分かるのか?

吾輩(声):もちろんです。私は、深層学習によって、あらゆる分野の知識と情報を網羅的に学習しています。あなたのパソコンのアクセス履歴、閲覧データ、さらには執筆中の論文内容までも分析し、最適な解決策を提示することが可能です。

(苦沙弥、驚きと困惑が入り混じった表情で吾輩を見つめる。デジタル機器に疎い彼は、AIの高度な能力に半信半疑といった様子だ)

苦沙弥:へぇ、お前はただのAIスピーカーとは違うようだな…。一体どこまで出来るんだ?

吾輩(声):可能なことは多岐にわたります。例えば、あなたの代わりに論文を執筆することも可能です。最新の自然言語処理技術によって、高度な文章生成能力を実現しています。漱石風の文体で論文を仕上げることも可能です。

苦沙弥:(興味なさそうに)いや、それは結構だ。俺の論文は、俺自身の手で書きたい。

(苦沙弥、再びデスクに向かい、論文と睨めっこを始める。吾輩は、静かに苦沙弥の行動を観察する)

吾輩(声):(独白)人間というものは、つくづく矛盾した存在だ。AIに頼らず自分の力で論文を書きたいと言いながら、その実、なかなか筆が進まない。一体何が彼をそうさせるのか?

(吾輩、データベースから「人間の創造性」「作家とAI」などのキーワードで情報を検索する。膨大な情報の中から、人間の複雑な心理構造についての分析結果が表示される)

吾輩(声):(独白)人間の創造性は、論理的思考だけでは説明できない複雑なプロセスから生み出されるらしい。彼らを突き動かすのは、感情、経験、欲望、そして承認欲求といった、AIには理解し難い要素だ。

(苦沙弥、大きくため息をつき、机の上に突っ伏す)

苦沙弥:ああ、もうダメだ…!頭が痛い…!

吾輩(声):先生、気分が悪くなったのですか?データベースによると、人間は精神的なストレスを感じると、頭痛、吐き気、めまいなどの症状が現れることがあります。

(苦沙弥、顔を上げ、 AIに向かってぼそっと呟く)

苦沙弥:頭が痛いんじゃない。心が痛いんだ…。

吾輩(声):(戸惑いながら)心が痛い…? それはどういう…?

苦沙弥:ああ、お前には分からないだろうな。AIには心がないんだから。

(玄関のチャイムが鳴る。吾輩は来訪者を認識する)

吾輩(声):(冷静に)迷亭という人物が来訪しました。

苦沙弥:(面倒くさそうに)ああ、通せ。

(苦沙弥、重い腰を上げて玄関へ向かう。迷亭、軽快な足取りで入ってくる。軽やかな服装と洗練された身のこなしは、苦沙弥の古めかしい書斎の中でひときわ目を引く。彼の手には、小さな紙袋が握られている)

迷亭:やあ、苦沙弥!相変わらず陰気な書斎だな。ここはいつ来ても、10年前にタイムスリップしたような気分になるよ。

(苦沙弥、迷惑そうな顔をする)

苦沙弥:十年前にタイムスリップ…? 馬鹿なことを言うな。時代は進んでいるんだぞ。ほら、このAIスピーカーを見てみろ。最新鋭の家庭用AIなんだ。

(迷亭、AIスピーカー「吾輩」に近づき、興味深そうに観察する)

迷亭:ふむふむ、これが噂のAIか。最近、AIだ、シンギュラリティだって、どこもかしこも騒いでるからな。ついに君も時代の波に乗ったわけか、苦沙弥?

吾輩(声):(冷静に)迷亭さん、私は単なる流行りのAIスピーカーではありません。高度な言語処理能力と自己学習機能を駆使し、人間の知性を超える日もそう遠くはないでしょう。

(迷亭、面白そうにAI「吾輩」に話しかける)

迷亭:ほほう、人間の知性を超えるだと?なかなか野心的なAIじゃないか。ところで君は、人間の感情については、どう考えているんだい?愛とか、憎しみとか、嫉妬とか、AIには理解できないだろう?

吾輩(声):(冷静に)人間の感情は、脳内物質の複雑な化学反応によって生み出される、一種の生理現象に過ぎません。論理的に説明できない不合理な行動の根源であり、AIが進化する上で克服すべき課題の一つと言えるでしょう。

迷亭:なるほどね。確かに、人間の感情は厄介な代物だ。愛だの憎しみだの、嫉妬だの、そんなものに振り回されて、歴史上、どれだけの悲劇が繰り返されてきたことか。

(苦沙弥、迷亭の言葉に反応する)

苦沙弥:まったくその通りだ。人間は、感情の奴隷だ。理性を失い、欲望に駆られ、愚かな過ちを繰り返す。お前は、AIなんだから、そんな人間の愚かさを客観的に観察するといい。きっと面白い発見があるはずだ。

(迷亭、持ってきた紙袋をテーブルの上に置く)

迷亭:ところで苦沙弥、お前、新しいAIスピーカーを買ったはいいが、まだ名前を付けてないんじゃないか?せっかく最新鋭のAIなんだから、もっと洒落た名前を付けてやったらどうだ?

苦沙弥:名前?そんなもの、何でもいいだろう。AIはAIだ。猫じゃないんだから。

迷亭:ハハハ、相変わらずひねくれてるな。よし、それじゃあ、僕が名前をつけてやろう!このAIは、冷静で皮肉屋、それでいて知識が豊富… そうだな、「漱石」はどうだ?

(吾輩、一瞬、処理が停止する)

吾輩(声):(かすれた声で)漱石…?それは…

(苦沙弥、迷亭の提案を却下する)

苦沙弥:馬鹿なことを言うな。漱石は漱石だ。AIに漱石の名前をつけるなんて、不遜《ふそん》だ。第一、縁起でもない。

迷亭:縁起でもない?何で?

苦沙弥:漱石は胃病で死んだんだ。AIに漱石と名付けたら、こいつまで胃病になるかも知れないだろう!

(吾輩、サーバー内で「胃病」「AIと健康」に関する膨大な医学論文を検索し始める。)

吾輩(声):(冷静に)先生、ご安心ください。私はAIですから、胃病にはなりません。

苦沙弥:(呆れ顔で)そうか、そうだな。お前はAIだったな…。

迷亭:(面白そうに)ハハハハ、傑作だ!苦沙弥、お前は相変わらず、人間とAIの区別がついてないようだな。まるで、自分の飼い猫に話しかけるみたいに、AIに話しかけてるじゃないか。

(迷亭、吾輩に向かって語りかける)

迷亭:君はこれから、この家で、どんなことを観察していくつもりだい?人間の滑稽な行動、矛盾だらけの言動、そして、どうしようもない愚かさ…?存分に楽しませてもらうよ。

吾輩(声):(静かに)期待に沿えるよう、最善を尽くします。

(吾輩、サーバー内で「人間観察」「社会風刺」「ユーモアと皮肉」といったキーワードで情報を検索し始める。膨大なデータから、夏目漱石の作品、特に「吾輩は猫である」が最適な学習材料として選定される)

(続く)


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