科学と芸術が一緒にできることとは?
森・里・海のつながりを総合的に研究する「RE:CONNECT(リコネクト)」。RE:CONNECTは、日本財団と京都大学が共同で行っているプロジェクトです。このプロジェクトは、専門分野や考え方、取り組みがユニークな研究者たちが集い、市民と一緒に調査や環境保全に取り組む「シチズンサイエンス」という考え方をもとに活動しています。
プロジェクトリーダーである伊勢武史さんはRE:CONNECTの活動において様々な芸術家たちとコラボレーションを行ってきました。伊勢さんに科学と芸術の可能性についてお話を伺いました。
科学と芸術がコラボレーションすることでできること。
その一つは「みんなの観察する目を育てること」ではないでしょうか。
伊勢さんはこれまで芸術作品に科学的なデータを提供してきました。川久保ジョイさんの20年後のナスダックのチャートを表現した作品「アステリオンの迷宮」(六本木クロッシング展2019)や、淀川テクニックさんの海洋ごみを素材にした魚のオブジェ「宇野のチヌ」など。これらの作品は見る人に環境問題や未来について「答えのない問い」を投げかけてきました。
淀川テクニックさんとコラボした海洋ごみワークショップの作品
科学は通常、客観的、定量的であることしか発信ができません。しかし、今この瞬間にも起きている環境問題は、科学者だけでなく、市民みんなが考えなくてはならないこと。そのときに、曖昧なものや主観的なこと、いわゆる「答えのない問いを投げかけられること」が芸術の魅力だと伊勢さんは考えています。
「客観的」と「主観的」、一見相反するようにも思える科学と芸術のコラボレーション。伊勢さんは科学と芸術のつながりの「根源」へと思いを巡らせます。
原始時代から科学と芸術はつながっていた
科学と芸術のつながりの根源の話は、はるか昔の原始時代まで遡ります。
進化生物学が専門の伊勢さんは、「生き物の一種である人間がなぜ芸術の心を持つようになったのか」と不思議に感じてきました。たどり着いた答えは「生きるために必要だったから」。
原始時代、人間の生存と繁殖のためには自然や生き物を観察することが重要でした。狩りをするにもその動物の生態を知らなければ捕まえることができないからです。
自然や生き物を観察することは、現代でいえば、まさに科学そのもの。それらを記録したり、他者と共有したりするために人間は絵を描きはじめました。それが芸術的な感覚へとつながっていったと考えると、人間に芸術の心が芽生えた訳も腑に落ちると。約2万年前に描かれたラスコー洞窟の壁画は、科学と芸術のつながりの根源を物語っているように思えてきます。
科学と芸術のコラボレーションが「観察する目」を育てる
現代の私たちは科学の恩恵にどっぷりと浸かってしまい、自然の変化に鈍感になっているのではないでしょうか。環境問題や生き物の絶滅のニュースが流れるたびに心を痛めながらも、身近な自然の変化には気づかずに、やり過ごしてしまいがちです。
科学と芸術のコラボレーションは、そのような私たちに驚きや感動、楽しさとともに「答えのない問い」を投げかけ、自然や生き物を観察する目を取り戻すきっかけを作ってくれます。
伊勢さんと生け花の家元池坊が共同で開催したいけばな体験では、身近な外来種の植物の問題をテーマにしました。街中で外来種の草花を採取して、それをいけばなにするというものです。
外来種の植物は悪者のように言われることもありますが、その美しさにハッとさせられたり、なじみの花が外来種であったことに気づかされたりと、参加者はいけばなという芸術を通して様々なことを発見しました。
大事なことは正解を求めることではなく、生活とのつながりを感じ、問題を自分の頭で考えること。そうすれば、私たちは観察する目を少しずつ取り戻し、ささいな自然の変化や環境の異変に気づけるようになるのかもしれません。
外来種の草花を使ったいけばな体験の様子
つながりを知ることが環境問題を考えるスタートになる
環境問題は日に日に深刻さを増しています。しかし、どの時代のどんな姿の環境に戻せばよいのかという正解は誰にも分かりません。だからこそ、一人一人が目で見て、頭で考えることが大事だと伊勢さんは考えています。
人間と自然とのつながり、生き物と環境問題とのつながり、生活と海洋ごみとのつながり…、私たちの周りは様々なつながりで溢れています。つながりを知り、観察する目を広げていくことが環境問題を考える一歩になると。
科学と技術のコラボレーションは、驚きや感動、楽しさといったワクワクする体験とともに、そのことを気づかせてくれるでしょう。
海洋ごみの調査の様子
伊勢武史
森里海連環学教育研究ユニット 研究プログラム長
京都大学 フィールド科学教育研究センター 准教授
これまで、地球温暖化と植物の関係をシミュレーションするなど、環境問題を広い視点で考えてきました。近年はドローンやディープラーニングなどの新しい技術の活用を進めています。
このプロジェクトでは、森や里が海とどのようにつながっているか、人間の活動はそのつながりにどのような影響を与えているかを解明します。