人工知能で環境の謎を解明する元・高校教師の研究者
森・里・海のつながりを総合的に研究する、日本財団×京都大学共同プロジェクト「RE:CONNECT(リコネクト)」。このプロジェクトは、専門分野や考え方、取り組みがユニークな研究者たちが集い、市民と一緒に調査や環境保全に取り組む「シチズンサイエンス」という考え方をもとに活動しています。今回紹介するのは、人工知能を活用するチームに所属する高屋浩介さんです。
▶ RE:CONNECT公式サイト
アライグマから学んだ、教育の重要性
現在、RE:CONNECTで海ゴミの識別ができる人工知能を開発している高屋さん。彼自身、今回RE:CONNECTに参加する前まで、研究者としてどこかの研究施設にいたわけではありません。実は、地元・広島県の高校で生物の先生をしていました。
彼のキャリアがユニークなのは、研究者を志して修士課程に通いながらも、高校教師という教育の分野に足を踏み入れ、また改めて研究者にチェンジした点です。教育の道に進んだきっかけとなったのは、大学院時代に研究していたアライグマでした。
アライグマは北米原産の動物です。しかし、適応能力が高いため世界各地で外来種として問題になっています。ほとんどの地域では毛皮として使われることから個体数が増えていったのですが、日本では別の理由がありました。それは、アニメ「あらいぐまラスカル」が流行って、ペットとしてのニーズが高まったから。しかし、最初はペット目的で連れてこられたアライグマも、いつしか外来種として駆除される対象に。
外来種は一度定着すると野外から取り除くことがかなり困難になります。外来種対策の先進国であるニュージーランドでは、例えば外来のネズミを取り除くために島全体に毒エサを散布したり、定期的なモニタリングを継続したりしているのですが、かなりのお金と時間が費やされているそうです。
第2、第3のアライグマを出さないために、「自分がやるべきことは研究や調査、また得た知識や学びを活かすこと、そしてそれを伝えること、つまり教育だなと思いました。」と教育者として歩むことを決めた高屋さん。それは、今から6年前の話です。
今までとこれからを語る高屋さん
高校教師から研究者にチェンジした理由
高屋さんは高校で生物を教えながら、生物部の顧問として活動。環境問題を身近に感じて考えてもらうために、授業でスタジオジブリ作品「となりのトトロ」や「もののけ姫」などを題材に扱ったり、部活動で部員とカメの生態調査を行ったり。その調査も部活動としては本格的な調査です。
例えばカメを1,000匹捕まえて、大きさや捕まえた場所などを1匹ずつ識別できるように印をつけ、行動範囲や特徴を調査していたそうです。そのような教師生活を続けながら、自然や環境と向き合う中で感じたものがあったそうです。それは「違和感と危機感」。
違和感とは、自分が肌に触れてきた「自然や環境」と生徒たちが想い描く「自然や環境」とがずれていること。自分が当たり前だと思っていることは当たり前ではないのだということに気づいた時、その違和感は危機感に変わったそうです。例えば、お互い想い描いていたものが違うと、環境問題の議論をしてもゴールが違ってきます。
生徒たちが想い描く「取り戻したい自然や環境」には、具体的にどのような生物が生息していて、どのような状況なのか。バックグラウンドによってお互いが見えている世界が全然違うものになってしまう、そのような危機感からもっとダイレクトにサイエンスに関わりたくなった高屋さん。環境に関することを伝えることと同じくらい、その伝える内容を作っていくことも大事だと感じ始めた頃、偶然、RE:CONNECTが発足することを知りました。
プロジェクトの代表者は、以前から注目していた伊勢武史准教授。実は、高屋さんの授業の中で、伊勢さんの本を使ったこともあるそうで、「この方と会ってみたい」という気持ちで広島から京都への新幹線に乗り込みました。
伊勢さんと実際にお会いして、プロジェクトに込める想いを聞いた高屋さんは、RE:CONNECTに参加するかどうか帰路の新幹線でかなり悩んだと言います。その時に思い出したのは、進路選択で不安を感じる生徒に対して伝えてきた言葉です。
それは、「人生一度きり。何十年後の自分が後悔しない決断をするべき」。
これまで生徒に伝えてきたその言葉を、自分自身に問いかけました。また、これまで出会ってきた人たちとの「縁」についても考えていたそうです。
悩みぬいた結果、RE:CONNECT の理念を達成するため、そして、新たな人々との「縁」を大切にするためにプロジェクトへの参加を決断しました。6年間高校教師として活動し、決して早くはないスタート。しかし、そのユニークなキャリアが、RE:CONNECTでも活かされていきます。
高校生も人工知能も同じ“生徒”
RE:CONNECTでは、人工知能を活用するチームに所属する高屋さん。プラスチック、空き缶、空きビンなどの海洋ゴミを識別できる人工知能を開発しています。
人工知能に画像を教える日々。データが増えれば増えるほど、画像認識の精度は高くなりますが、そのためには教え方も重要。高屋さんは、その点で人工知能と高校の生徒たちは似ていると言います。それは、その子に合った教え方を見つければ、結果も変わるということ。人工知能も同じで、画像の与え方や組み合わせを変えるだけでも精度が変わるそうです。
フィールドワークを行った海辺
人工知能という生徒に、さまざまなことを教えている高屋さん。「今、注目しているのは漁網」と語ります。漁網の素材はプラスチックが多く、紫外線によってマイクロプラスチックとなり、海に漂って生物に害を与える可能性があるということ。もう1つの問題は、ゴーストフィッシング。これは、人間はすでに何もしていないのに海に漂う漁網が魚やウミガメを捕まえてしまう現象のことです。
今、高屋さんたちの人工知能を活用するチームはドローンを飛ばして画像を識別しているのですが、一番難しいのが漁網だと言います。ペットボトルや空き缶のようにしっかりとした形があるわけではなく、広がったり縮んだりしている不定形な漁網。人間と違って人工知能は、広がったり縮んだりしているものを「漁網」だと認識しづらいのです。
しかし、研究を進めるうちに、これまで人工知能が苦手としていた不定形なものの識別がしやすくなって、一気に漁網の識別が進む可能性が出てきたと語ります。
人だと1日かかる調査も、ドローンなら30分程度で
実は、漁網による生物への影響は高屋さんが子どもの頃から取り組みたかったことの1つ。
子どもの頃にテレビで観て切実な想いがあったことに取り組めることと、まさか自分がもう一度大学に戻って研究していることが、なんだか不思議ですね。
と語ります。
今の時代に生きる人と自然をRE:CONNECT
高屋さんは今取り組んでいることを、今後は市民も交えて行いたいと考えています。一番大切なことは、参加してもらうことで環境問題をもっと身近に感じてもらうこと。そして、多くの市民参加によって多種多様なデータを収集することです。
今後は、市民の方々に砂浜の写真を撮るだけで砂浜にどれだけゴミがあるのかが分かるようなシステムの開発を行うこと、また日常生活の中でも気軽に環境問題やサイエンスに触れる機会を作ることの実現に向けて、日々着実に研究を進めています。
ドローンをはじめ、さまざまな方法で画像を撮影
再びつながるということ。これはRE:CONNECTの大切な考え方です。
人と自然がかつてそうであったように、今の時代に合わせてどのように自然や環境と向き合っていくのか、そのことを再構築したいです。そのような意味で『RE』という言葉は重要だと思います。ただの理想論ではなく、いかに現実的なところまで落とし込んでいくか。とても挑戦的なことをしていて、課題も多いのですが、これからがとても楽しみです。
と語る高屋さん。
かつては子どもたちに、今は人工知能に対して環境についてさまざまなことを教育し、高屋さんが想うあるべき自然を取り戻せるように一歩一歩進んでいきます。
髙屋 浩介(動物生態学)
森里海連環学教育研究ユニット 教務補佐員
これまで、高校教育に携わりながら淡水性カメ類の生態調査を行ってきました。また、カメを通して、身近な環境問題を考えるきっかけとなる教材の開発にも取り組んできました。
現在、海洋に流出するプラスチックごみの影響が世界的な関心を集めています。このプロジェクトでは、プラスチックごみを判別する人工知能を開発することで、市民の皆さんと一緒に楽しみながら海ゴミ問題の解決に寄与できるシチズンサイエンスの実践を目指します。