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2025年の崖を越えるためにどうするか(1)


本稿では,2020年にビジネスコミュニケーション誌に寄稿した内容に基づいて,紹介します.現在,ビジネスコミュニケーション誌が休刊中で,本稿の内容が読めなくなっています.5年前の記事なので,今となってはすこし古いのですが,当時の状況を知ることができると思います.
 私は,経済産業省による「デジタルトランスフォーメーション(DX)に向けた研究会」委員としてDXレポート[1]の策定に参加した.本稿では,2025年の崖について説明しています.
[1] 経済産業省, DXレポート~ITシステム「2025年の崖」の克服とDXの本格的な展開, 2018.9.7

老朽システムの状況


 経済産業省のDXレポートでは,
 日本では,
 1)8割以上の企業が老朽システムを抱えていること,ならびに,
 2)約7割の企業が,老朽システムがDXの足かせだと感じていること
を指摘している(図1).

図1 日本における老朽システム

 老朽システムがDXの足かせになる理由は,既存システムが長期にわたって運用されてきた結果,仕様が複雑化しただけでなく,システムの全容が行方不明になって,既存システムがブラックボックス化している点にある.
このため,次のような問題が指摘されている.
 1)新しいデジタル技術を導入したとしても、既存のデータを十分に活用しきれず、データ連携効果が限定的である
 2)既存システムが現場の業務プロセスと密結合しているため,デジタル技術導入に伴う業務プロセス変更によるシステムリスクの顕在化を恐れる現場サイドの抵抗が大きい

IT人材の所属

 DXレポートでは,日米のIT人材の所属を比較している.これによれば,ユーザ企業とITベンダに所属するIT人材の割合が,日本では28%と72%である.これに対して,米国では65.4%と34.6%である(図2).

図2 IT人材の配置

 日本企業のIT人材の配置がこのようになった理由は次の通りである.すなわち,従来型の大規模システム開発では,常時IT人材をユーザ企業に抱えておくよりも,必要な期間だけ,ITベンダからIT人材を調達する方が効率的だったからである.
 デジタル時代には,デジタル技術を活用してデジタルマーケットに新たなデジタル製品・サービスを迅速に投入する必要がある.したがって,大規模システムの仕様を策定してから開発するような従来型のシステム開発からアジャイル型開発に移行する必要がある.この場合,デジタルシステムのアーキテクチャは,小規模コンポーネントをサービス化して疎結合するマイクロサービスが主流になっている.つまり,ユーザ企業は断片的なマイクロサービスをアジャイルに開発することでデジタルマーケットに迅速に投入していく必要がある.
 この場合,IT人材を外部のIT企業に依存していたのでは,組織が異なるため,契約プロセス面,意思疎通面,知財面での分割損が大きくなって,迅速なデジタル製品・サービスの展開ができないという懸念がある.
 米国では必要がなくなれば,いつでもIT人材を手放すことができるという制度面を理由に,ユーザ企業でIT人材を抱えることができるという意見がある.しかし,これからのデジタル時代には,ユーザ企業はデジタル技術を活用した新しいビジネスを創出し続ける必要があるので,デジタル技術に精通した優秀なIT人材を雇用し続ける必要がある.日本でもIT人材の配置が米国型に変化しなければ,日本のユーザ企業がデジタル技術を活用した革新的なビジネスを創出していくことは難しい.

2025年の崖問題

DXレポートでは,日本で老朽システムを刷新してデジタル変革を断行できない場合,2025年以降に年あたり最大12兆円の経済損失が発生する可能性があることを指摘している.
 
「複雑化・老朽化・ブラックボックス化した既存システムが残存した場合、2025年までに予想されるIT人材の引退やサポート終了等によるリスクの高まり等に伴う経済損失は、2025年以降、最大12兆円/年(現在の約3倍)にのぼる可能性がある」
 ここで,2025年には,21年以上稼働する老朽システムが刷新されないと,システム全体の6割以上が老朽システムということになる.また,2018年現在の老朽システムによる経済損失は年4兆円であり,老朽システムに起因するトラブルのリスクが2025年には現在の3倍になると仮定している.
 
これが「2025年の崖」である.2025年の崖が生まれる原因は,次の要因が複合的に作用することである(図3).


図3 2025年の崖を読み解く
  1. 老朽システムを構築した経験者が定年退職し,システムの全容が不明となり,ブラックボックス化している

  2. この理由は,情報システム構築をユーザ企業がITベンダに丸投げして,自らが要件を継続的にマネジメントしてこなかったからだ

  3. 一方,ベンダでも,若手はモチベーションの上がらない老朽システムの維持管理を避けて転職するので,人手不足になり維持管理費が高騰する

  4. さらに,老朽システムのサポートが終了し,トラブル・リスクが上昇する.またトラブルが発生しても,ブラックボックス化しているから,問題対策に時間がかかり,さらに経費が情報する

否定的な問題が,さらに否定的な問題を呼ぶという「ポジティブフィードバック」が形成されているので,あっという間に崖から転落して,企業が消滅の危機にさらされている.
経済的損失があるというよりも,企業が存続の危機にさらされていることを認識すべきだ.

まとめ

本稿では,DXレポートのうち,老朽システムの状況,IT人材の所属,2025年の崖問題について解説しました.次回は,デジタル変革の段階と,DXを実現する対応策について説明します.

なお,タイトルの絵は,以下の文献[2]に基づいて作図しました.
[2]Jacques Bughin, Tanguy Catlin, Martin Hirt, and Paul Willmott, Why digital strategies fail, McKinsey Quartery, Jan.2018


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