ミセス・ハリス、パリへ行く
映画が好きです。
「夢」とは。
1950年代のロンドンで家政婦として働くハリスは、金払いの悪い顧客の部屋でスパンコールが輝く総ビーズ刺繍の優美なドレスに息をのみました。
「素敵でしょう?クリスチャン・ディオールのドレスよ。500ポンド。主人には内緒よ。」
その日から、あのドレスが頭から離れないハリスは、自分もあのドレスを手に入れると決意し、家政婦の仕事の他に、かけはぎの内職や賭博に精を出し、必死でお金を集め、いざ!パリのディオール本店へ。
いよいよ着いたディオール本店は、10年ぶりのコレクションの日。上得意の招待顧客のみが入れるコレクション会場に、ハリスは迷いこんで仕舞いました。
招待客の対応にピリピリとしたディオールのマネージャーに追い出されそうになるハリスは、紳士的な侯爵様に「宜しければ、私のゲストとして一緒に会場へ。」とコレクションの参加を認められました。
コレクションが始まると、見るも艶やかなドレスを着たモデルたちが1番から順々と登場してきます。「この紙に気に入ったドレスの番号を」と促され、ハリスは感嘆の声を上げながらモデルの着るドレスを見つめました。
「気に入ったドレスはありましたか?」侯爵から声を掛けられたハリスは、「85番のドレスがいいわ。とっても素敵だった」と答えました。しかし、それを聞いていた上顧客の貴婦人は意地悪く、スタッフに「私も85番で」と告げます。
「ごめんなさいハリスさん、85番のドレスは…今、売れてしまいました……」
「1着しかないの?」
「オートクチュールのドレスは1点物です。」
仕方が無いと気を取り直して、次に気にいっていた「73番」のドレスを450ポンドで購入します。
しかし、ハリスのことを快く思っていないマネージャーのコルベールは、「ハリスさん、ディオールのドレスを買ってあなたはどうするの?いつ、どこへ着て行くの?」とハリスに問いかけます。
オートクチュールは虚栄心の塊という会計士アンドレの言葉に、ハリスは「ディオールのオートクチュールは夢、そして憧れよ。仕立ての1つ1つに尊厳と敬意が込められているわ。ディオールのドレスはパリの生活様式そのものなのよ。」と褒め称えます。
無事、ドレスが完成したハリスはロンドンに帰宅しました。帰宅すると直ぐに、顧客の23才の女優志望が訪ねて来ます。「今日、これからプロデューサーと食事に行く約束があるのに、着て行くドレスが………」見るとシミとほつれがありました。「ブルーのドレスは?」「クリーニングよ」「oh……」困り果てて泣きじゃくる顧客に、ハリスは「Luckydayよ」と買って来たばかりのディオールのドレスを着せてあげました。
「ありがとう。(ハリス)貴女ならきっと何とかしてくれると信じてたわ」と大喜びで彼女は出掛けて行きました。
次の日、ハリスが彼女の部屋を訪れると、何とそこには焼け焦げたドレスが。
そのドレスと一緒に置いてあったメモには『ドレスはこんなになっちゃったけど、私は無事よ心配しないで。』と。
ショックを隠しきれないハリスは、焼け焦げてしまったドレスを川へ投げ捨てて寝込んでしまいました。
すると数日後、クリスチャン・ディオールからハリスへ届け物が、第1希望だった85番のドレスです。
焼け焦げたドレスが新聞のニュースとなり、それを見たディオールのマネージャーが「どうせまた要らぬお節介をやいたのでしょう」と手付金を支払えなくなった上顧客の注文のドレスを大急ぎでハリスのサイズに作り替え、送ってくれたのでした。
ハリスは軍人会のパーティーで見事ディオールのドレスを着て、パーティーの華となったのです。
だいぶ端折ったのですが、なんと長い文章でしょう💦
クチュールとはフランス語で「仕立て、縫製」と言う意味です。
オートクチュールは高級仕立て服。
当時の500ポンドは現在の日本円で250万〜400万円程のようです。
正に女性の夢と憧れの象徴ですね。
しかし、
「あなたは、ディオールのドレスをいつ、どこで着るの?」
作品の中で、ハリスはマネージャーの問に答えることが出来ませんでした。
初めに見た顧客宅の総ビーズ刺繍のドレスもクローゼットの端しに追い遣られていました。
私もクチュールの端くれです。
1目1目に想いを込めて作品を編んでいます。
しかし、実際に編み上がった作品は、大事に大事にとタンスの奥深く。
クリスチャン・ディオールのドレスにはまだまだ程遠いですが、私も自らの作品に尊厳と敬意を込め、胸を張ってもっともっと着なければならないなとこの作品を観て背筋が伸びる思いでした。
ハリス役のレスリー・マンヴィルさんがキュートで可愛らしく、とっても感動した素敵なお話だったのですが、1点だけどうしても残念に思う箇所があるのです。
ハリスは焼け焦げてしまったドレスにガッくりと肩を落として、橋の上から川へドレスを投げ捨ててしまいました。
私は作品を見ながら、『もしかしてこのドレスがパリのディオール本店まで流れつくの?』と思って観ていましたが、結果あのドレスは破棄されたままでした。
私は、ハリスにはこのドレスを持っていて欲しかった。焼け焦げてとても変わり果てた姿になってしまったドレスですが、職人さん達が手作業で丁寧に丁寧に仕上げた1着なのです。絶対にディオール本店へ持って行けば直ります。もちろん費用は掛かりますが………。
どなただったか、ハンドメイドの講師の方の言葉で、「作れるということは、直せるということ」という文章をいつか見かけ、私はこの言葉にとても感銘を受けました。
1から作り上げるとは、工程や過程を全て理解し、調整しながら作品を完成させます。なので、壊れてしまっても、それがどの過程まで戻って修整すれば良いかが解るのです。
だからハリス、例えドレスが本来の輝きを失ってしまったとしても、どうか諦めないで。
もう1度その輝きを取り戻せるから。
それが、クチュールに携わる者の『プライド』と『ポリシー』なのだから・・・。
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