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生き物を見つけにくいのに素晴らしい展示


はじめに

これまで見てきた動物園や水族館の展示の中で、生き物が「確実に」かつ「即座に」観られるわけではないのに、素晴らしいと感じられたものがある。

具体例を交えながら、「生き物が観られることを保証しない展示」の素晴らしさや楽しみ方について考察する。


野生と飼育環境の比較

自然の中(野生)と動物園や水族館(飼育環境下)を「生き物の見やすさ」の観点で比較する。自然の中で生き物を見つけるのは大変だが、動物園や水族館ではとても容易だ。このことをシンプルに数直線で表現すると、以下のようになる。


新しい軸「ドキドキ感」

数直線上では、生き物を見やすい動物園・水族館が優れている、生き物を見つけにくい自然環境が劣っている、という構図に見えてしまうが、ここに新しい軸を追加することで、構図が変わる。その軸は「ドキドキ感」である。

ドキドキ感とは、生き物を探すうえでの、まだ見ぬ姿へのワクワク感、生き物の動きや気配を感じることによる気持ちの高揚、ハンターのように生き物を探す緊張感のことである。縦軸としてこの「ドキドキ感」を追加すると、以下のようになる。


ドキドキ感は自然の中でより大きくなり、ほぼ確実に生き物が観られることを保証している動物園や水族館ではこれが小さくなる。

しかし、展示環境を実際の生育環境により近づけ、見やすさをあえて落とすことで、飼育環境下でありながらドキドキ感を与えてくれる展示を何度か見たことがある。そしてそのような展示が大好きだ。動物園や水族館において、このような展示の数を増やせないだろうか。


このドキドキ感を付与した展示は、野生動物を放し飼いにしているサファリとは異なる。サファリは広大な土地を必要とするが、この展示は、都市の動物園や水族館のように決して広くない空間でも実現可能であるという点で差別化される。


具体例

具体例をいくつか挙げる。どれもとても好きな展示だ。

  • 埼玉県こども動物自然公園/ヤブイヌ舎

茂みの中を走るヤブイヌを見つける


  • 横浜市立よこはま動物園 ズーラシア/アカハナグマ

植物の下や岩の上を歩くアカハナグマを探す


  • 足立区生物園/昆虫ドーム(下記リンク先⑫番)
    https://seibutuen.jp/map.html
    この展示は、展示パネルがもはや何が居るかを示していない。何かしらはいる、ということだけが保証されている。


具体例から分かる通り、生き物を見つけにくくし、ドキドキ感を高める方法として、以下が挙げられる。

  • 展示空間のサイズに対し生物サイズを小さくする

  • 展示空間のサイズに対し個体数を少なくする(密度を下げる)

  • 岩や密生した植物などの視覚的障害物を入れる

  • 室内と展示室を分離する。(生き物が裏で休める。出てきたいときに表に出てくる。)

  • 種名板を表示しない


観覧者が心持ちを変えるだけ

ドキドキ感の高い展示を増やせないかと考えたが、具体例があるということは、実はそういう展示はすでにある。

そんな訳で、むしろ、いまある展示に対して、観覧者側が考え方や見方を変え、ドキドキ感を楽しめる心持ちでいることを提案したい。そうすれば、観覧者にとってより楽しい展示が増えると考える。

観覧者はせっかくその場所を訪れているので、ふつうは生き物を「確実に」かつ「即座に」見たいはずだ。しかし、観れないことはモヤモヤではなく、気持ちの高揚であると考えてほしい。生き物を探す過程を時間をかけて楽しめるからである。

生き物が居そうな環境に対する期待感。
植物が不自然に揺れ、生き物の気配が感じられる瞬間。
生き物の体が一部見えて予想が確信に変わる瞬間。
姿が少しずつ明らかになっていく過程。
予想もしなかった見た目に対する驚愕。

粘り強く探した結果、やはり生き物がいたという成功体験が、次も探したいという想いにつながる。もし、生き物を見つけた後に、生き物探しが終わってしまうことを残念に感じられるようであれば、それは見つける過程を楽しめている証拠である。


確実に即座に見られる展示もあるから大丈夫

生き物を見つけやすい展示と見つけにくい展示の両方があるという点で、ふつう動物園・水族館の展示はバランスがとれていると思う。観覧者が様々な生き物を見て帰れるということが園館全体としては保証されている。

また、1つの生き物を対象とした場合も、屋外展示と室内展示を組み合わせることで、つまり生き物を見つけにくい展示と見つけやすい展示を組み合わせることで、バランスが取れていることがある。

ズーラシアのチンパンジー(屋外展示) チンパンジーとの距離が遠い
ズーラシアのチンパンジー(室内展示) チンパンジーとの距離が近い


このように、動物園・水族館全体で、もしくは同じ生き物に対して複数の展示でバランスが保たれ、観覧者が何かしらを見て帰れることが保証されている。


良い趣味になる。何度も来る楽しみ。

生き物の見つけにくさを楽しむということは、新しい趣味を持つことにつながる。結果的に生き物が見られなくても、また見に来ればいい。一度の訪問で全制覇しなくていい。何度も来れば、見れた時の喜びがあり、見れないときの落胆が小さく、また、来るたびに違いを楽しめるようにもなる。

素晴らしい趣味になると思う。年パスを買って何度も訪れよう。


生き物や施設のためにもなる。三方よし。

さらに、生き物を見つけにくい展示は、生息環境を忠実に再現していたり、個体数を無理に増やしたりしていない点で、生き物にとって良さそうに思える。

密林の中で暮らす生き物にとっては、密林の中が暮らしやすい。その環境と関わることで本来の行動(食事、歩行、食料探しなど)を促せる。自然な行動を取ってもらうことで、生き物の暮らしが豊かになる。また、観覧者は、どんな環境にいる生き物なのか、どんな行動をする生き物なのか、本来の姿を知る機会にもなる。

そもそも、生き物を見つけにくい展示というのは、エンリッチメント(生き物の福祉・健康の改善のため、展示環境を工夫すること)の結果生まれたものだ。これにより、展示内で生き物が見つけにくくなる場合がある。

これに対し、この記事では、逆に観覧者が生き物の見つけにくさを楽しめるような方法を伝えた。エンリッチメント化の流れは今後も続くはずなので、観覧者として楽しむ準備をしていこう。

環境が豊かになって生き物も幸せ。
何度も訪れるリピーターが増えて園館も幸せ。
楽しみが増えて生育環境を学べて観覧者も幸せ。
みんなが幸せ。


さいごに

環境エンリッチメントが進んだため、生き物の生育環境に近い環境を再現した展示が増えた。これにより生き物を見つけにくい展示が増えている。

生き物にとって良いだけでなく、また観覧者にとってそれが学びになるだけでなく、観覧者の心持ち方によっては、ドキドキ感という楽しみとして受け取ることができる。不自由を楽しむというパラダイムシフトである。

このように、見つけにくいという不自由を乗り越え楽しむことで、長く続けられる良い趣味になるだろう。

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