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ただ、傍にいたいということ

1月にスタートしたドラマ、「ウチの娘は、彼氏ができない!!」を最終話まで観終えた。この作品を観て、わたしは「居心地の良い関係」というものがどんなに尊くてありがたい存在であるかを知った。忙しかったり悩みを抱えていたりするとつい忘れてしまいがちな、「傍にいてくれる人の大切さ」を思い出させてくれるドラマだった。

「ウチ彼」ストーリー

このドラマは、親子二人がそれぞれ自分の恋に奮闘する、というストーリーではあるが、同時に「母と娘の物語」でもある。新刊があまり売れず、先行きに不安を感じる作家の母と、オタクで腐女子の娘。いつまでもどこか夢見がちで子どもっぽいところの抜けない碧(菅野美穂)と、しっかり者で少し頑固な空(浜辺美波)は、とても仲の良い親子だ。「もう恋愛小説は書けない」と項垂れる碧に、空は「わたしが恋愛するからわたしをネタにして」と叱咤し、道でメガネを直してくれた整体師の渉先生(東啓介)に恋をする。

タイトルは「ウチの娘は、」だが、これは母である碧の恋愛ストーリーでもあり、登場人物達がみんなそれぞれ複雑に絡み合った恋模様を展開していく。母と娘が同じ人を好きになりかけたり、親子の血が繋がっていないことが発覚したり、毎話毎話何かが起こり、ハラハラやきもきさせられる。自分の娘の恋愛をネタに小説を書くはずの碧は、自分自身も恋愛ドラマに絡め取られ、結局彼女は恋愛小説ではなく「親と子の物語」を書くことを決意するのだ。最初から最後まで息をつく暇も無く波乱万丈、それでも時折混ぜ込まれる母と娘の仲良しシーンに心がほっこりするような、感情が大きく揺り動かされるドラマだった。

人間模様が複雑に絡み合っている作品だが、ここでは主人公の母娘にとって「本当に大切だと気付いた」相手との関係についてフォーカスしたい。

碧とゴンちゃん

仕事と恋にてんやわんやの碧が心を休めに行く場所、それが老舗鯛焼き屋の「おだや」だ。そこには、ずっと碧を見守ってくれている俊一郎さん(中村雅俊)と、幼なじみのゴンちゃん(沢村一樹)がいる。碧にとっての平穏の場所であり、絶対に失いたくない場所。

いつでもそこにあって、自分を飾る必要も無くて、困った時に心を癒してくれる、そんな居場所があるだけで、人の気持ちは救われるものだ。碧はきっと、いつも必ずそこにいてくれる、変わらない笑顔をくれるゴンちゃんの存在に、何度も救われてきたはずだ。小学校時代から一緒で、すっかり当たり前になってしまっていた宝物。自分に憧れている担当編集の漱石(川上洋平)でも、かつて大好きだった元役者の一ノ瀬(豊川悦司)でもなく、ゴンちゃんのいる自分の街に残ることを選んだ碧は、ようやくその大切さに気が付いたのだろう。

ゴンちゃんにお見合いの話が来て、二人で懐かしの小学校に忍び込んだ夜に碧が思わず言ってしまった「嫁に行くのやめませんか?」にはきゅんとなった。大事なところでセリフを間違える(「嫁」ではなく「婿」だ)、おっちょこちょいな碧らしいシーンだ。この時ゴンちゃんは碧を振るが、実は空を育て始めた頃にゴンちゃんが碧にプロポーズしていたというのを碧がずっと気付いていなかったり、ゴンちゃんが一ノ瀬に対して碧と空への想いをぶちまけたりと、タイミングや想いのすれ違いが多い二人。長い付き合い故に意地を張ってしまう、素直になれない、そうやって付かず離れずの関係を続けている二人の仲は焦れったくもあり、羨ましくもある。

空と光

オタクで目立たない存在の空と、イケメンで人気者の光(岡田健史)。相容れないはずの二人は、ある日空が授業中に落書きした一枚の絵をきっかけに仲を深めていくことになる。隠れオタクの光はマンガで賞を取ることを夢見ており、絵がとても上手な空に「一緒にマンガを描こう」と持ち掛けるのだ。光のことを自分とは違う世界の人間と認識していた空は、めげない光のアプローチに次第に心を動かされ、二人は一緒にマンガを描くことになる。

他人の目を気にして自分のオタク趣味を隠してしまう光は、陽気でひょうひょうとしているように見せかけて実は脆い。作り上げた自分のイメージを守るため色々なことを押し殺し、見栄を張ってしまう姿は、どこまでも等身大でリアルな大学生だ。そんな光に、自分の趣味に正直な空は眩しく見えたのだろうが、話数を進むにつれて、今度は空の方が光に救われるようになっていく。

渉先生と交際する空は、渉先生への気持ちばかりに目を向けているので、自分がどれだけ光の存在を大事に思っているかなかなか気付くことができない。何かあった時に一番に電話を掛けたい相手は光だし、素のままの自分をさらけ出せるのも光だし、辛いときに隣にいてくれるのも光なのだ。碧にとってのゴンちゃんと同じように、空にとっても光は当たり前の存在になっていき、そうやっていつまでも報われない光の心情を思って何度も切なくなった。

母と娘の恋の結末

本編では、碧とゴンちゃんも、空と光も、明確にくっついてハッピーエンドを迎えるわけではない。どちらも、碧と空が「自分にとって本当に大切な存在は誰なのかを知る」というところで終わる。彼らがお互いに気持ちを伝え合って幸せになる姿を見たかった気もしたが、そういうエンディングがないことで、わたし達は彼らの「その先」を好きに想像することができる。碧とゴンちゃんも空と光も、もしかしたらずっと変わらない距離感を維持し続けるかもしれない。それは、そのままでいることが心地良いからで、無理に「恋」という名前を付ける必要は無いのだと思う。

関係に名前を付けない

わたし達は、人と人との関係において何かしら名前を付けて区別したがる。名前があった方が分かりやすいし、説明もしやすい。ただ、「親子」でも「友達」でも「恋人」でも、一旦関係に名前を付けてしまうと、それに縛られてしまうことにもなる。「親子だから」とか「恋人なのに」とお互いの認識にズレが生じて、相手が自分の思う役割を演じてくれないことに不満を抱く。そうやって、名前を付けてしまったがために結局破綻してしまう関係も、この世界にはきっとたくさんある。

本当は、大事なのは「名前の付いた関係になる」ということではなく、「お互いが居心地の良い関係を作る」ことなのだとわたしは思う。「恋をする!」と力んで上手くいかなかった碧と空は、ふと立ち止まって隣を見ればすぐ傍にある「大切な存在」を、紆余曲折を経て見つけ出すことができたのだ。

碧と空も血が繋がっておらず、本当の意味での親子ではない。それでも、お互いが大切だから一緒にいる。親友のように仲良く笑い合い、じゃれ合う二人を見ていると、血の繋がりなんてどうでもいいことに思えてくる。碧と空が大切な自分の居場所を見つけたように、わたしも「名前の付かない大切な関係」をたくさん築いていきたい。

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