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ショートショート『諦めさせてくれないキミ』
俺は加奈子のことが好きだ。ものすごく。でも、加奈子は木戸先輩のことが好きだ。ものすごく。
加奈子と一緒に行動する度、恋の話になる度、あえて加奈子をけしかける度、その事実を突きつけられる。加奈子は先輩のためなら何でもするし、どこにでも行くだろう。
それをもう分かりすぎるほど分かってしまったから、俺のこの気持ちは封印することに決めた。
伝えたところで実を結ぶとは到底思えないし、そうしたところで加奈子の心を動かせるとも思えない。それどころか、せっかく築いた今の心地いい関係まで崩れてしまうかもしれない。そんなことになるのは絶対に嫌だった。
俺は、加奈子に愛されることを諦め、好かれ続ける方を選ぶことに決めた。…愛されることは叶わなくても、嫌われたくはなかった。加奈子に嫌われたら、俺はまともな精神状態で生きていられる自信が全く無かった。…だから、諦めたのだ。やっと。…それなのに。
ここ最近、俺も加奈子もどうにも気分が塞ぐことばかりなので、お互いに慰め合うことで少しでも気分を上向けようと、俺の部屋で二人、ビールを飲んでいた夜。
やさぐれモードに入ってしまった加奈子は、もうすっかり酔っ払ってしまったらしい。頭も体も傾き、視線はずっと下に落ちたままだ。また木戸先輩とのことで落ち込む出来事があったらしく、一通り弱音や愚痴を吐き出したあとは、めっきり口数が減ってしまった。
そんな加奈子を見ていて、俺は胸が締め付けられる思いだった。…俺なら加奈子をこんな風に落ち込ませたりしないのに。俺ならいくらでも優しくしてあげられるのに。俺なら。加奈子の好きな人がもしも俺なら。
…良くない感情だと分かってはいたが、俺は少し先輩が恨めしくもなった。
「……加奈子、泣いていいよ」
うなだれる加奈子の横顔に、俺は思わずそう声を掛けていた。
「…泣けよ、ほら、親友の智樹クンが胸貸してやるからさ」
そう言いながら俺は腕を広げてみせた。もちろん、冗談のつもりで、だ。加奈子が本当に俺の提案を受け入れるなど、期待すらしていなかった。
ところが加奈子はゆるゆると顔を上げ、俺の顔を見た。そして数秒間ぼーっとしていたかと思うと、手に持っていたビールの缶をテーブルに置き、膝立ちで俺の方に近づいてきて、……驚いたことにそのまま黙って俺の腕の中に収まったのだ。俺の背中に両腕を回し、T シャツをぎゅっと握りしめて。俺は固まってしまった。思わず「え……マジ?」と呟いていた。
自分で提案しておきながら、俺はこの状況に混乱した。とりあえず加奈子の背中に腕を回したが、その体温と感触に興奮してしまい、掛ける言葉もろくに見つけられない。俺はなすすべも無く黙り込み、加奈子も俺にしがみついたまま泣くでもなく、何か言うでもない。
そのままどれくらい経ったのか、加奈子を力いっぱい抱きしめて、その首元に頬をすり付けたいというあまりにも強い欲望と必死に戦っていると、不意に加奈子がふっと微かな笑い声を洩らした。
「……何やってんだろうね、わたし」
「……」
くぐもった声で一言、そして加奈子はようやく俺を解放してくれた。もう少しで過ちを犯すところだったと密かに息をついた俺の横に座り直し、加奈子はぼそっと呟いた。
「…どんな気持ちになるかと思ったけど、…やっぱり一緒にいる時間が長いっていうのは強いね」
「…え?」
アルコールが回って気がだいぶ緩んでいるのか、俺の顔を見た加奈子は力の抜けたような笑みを浮かべた。
「…なんか安心した」
俺は絶句した。ひどい殺し文句だと思った。…ああ、やっぱりダメだ、諦めたくない。諦められそうにない。俺は弱々しく笑みを返した。
「…お前のためなら、いつでも空けるよ、ここ。」
そう言って胸を叩くと、加奈子はもう一度笑ってくれた。美しいその笑顔があまりにも切なくて、胸が痛くて、俺は泣きそうになるのを隠すために加奈子から顔を逸らした。