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杞憂から発見 - 欧州での15年が教えてくれたこと
コロナ以降、海外移住する人たちが自分の周りでも増えていて、移住する前によく聞かれることについて書きます。住んでいる身からすると、実は皆が持っている不安の多くが、実は根拠のない思い込みに過ぎないのかについても。
1. ビザ問題 - 無用な不安の代表格
まず、最も頻繁に質問されるビザ問題。パリでもベルリンでも、驚くほど単純な話だ。条件を満たしていれば、取得できる。それだけの話。ロンドンのようなワーホリ抽選制でもない限り、フリーランスビザにしても、就労ビザにしても、学生ビザにしても、必要書類を揃え、収入や資格の条件をクリアすれば、取得は極めて事務的な手続きに過ぎない。これを複雑な問題のように嘆き語り、書いている人もいるが、それは単に条件を満たしていないか、手続きを理解していないかのどちらかだ。求められている紙を集め、記入して、予約を取り提出するだけ。結局のところ、その国が定めている条件をクリアしてビザを頂き、住まわせていただくという基本的な構図は、どの国でも変わらない。
2. 言語の壁 - あるいは、ドイツ語が話せなくても生きていける理由
「ドイツ語ができないと生活できない」というのは、必ずしも真実ではない。ベルリンの特徴的な点は、移民も多く(特に若い世代)、住民の多くが様々な言語を話すことにある。行政窓口ですら英語対応が増えてきている。これは単に、時代の流れでもあり、完璧なドイツ語でなくても、基本的なコミュニケーションさえ取れれば、日常生活に支障はない。もちろん話せたに越したことはないし、話せたほうが良い。ドイツ語しか対応できない人に何度も当たって、本当に危機的状況になれば、弁護士を雇えば大丈夫(条件がすべてそろっている場合)。解決方法はいくらでもある。
3. 医療システム - 思いのほか融通の利く硬直したシステム
ドイツの医療システムは、一見すると官僚的で複雑に見えると思う。予約を取るのに時間がかかると聞くこともあるが、実際に使ってみると、意外と何とかなるらしい。緊急時の対応も、予想以上に柔軟らしい。ただし、医師との関係は、こちらから積極的に構築する必要があるらしい。自分は歯医者だけで一度も個人病院、総合病院にもこっちでかかったことがないから、この点はよくわからない。ただ、そんなに大きい怪我を年に何回もしなくないか?と思う。する人はする人でそういう星の生まれの人で、なるようにしかならないと思う。(他人事)。本当にやばかったら保険に入った後で救急車を呼ぶ。保険はビザ取得以前に一番最初にやるべき大切なこと。
4. 子供の教育 - 規律と自由の絶妙なバランス
教育に関する不安は尤もだが、ベルリンの学校システムには独自の利点がある。宿題は少なく、放課後は自由。一見すると放任主義的に見えるかもしれないが、これは単に異なる教育観の表れだ。子供たちは自分のペースで学び、成長していける。自分の娘(10歳)を見てると、自分が過ごした日本の子供時代と比べると大分伸び伸びやってて良いなと思う。今の日本の教育システムはよく分からないけど、これからの時代性など考えると外国で受ける教育も悪くないと思う。
5. 金銭的な不安 - 意外にも理にかなった家計管理
確かに世界中で、ベルリンでも物価は年々上昇している。市内で家賃が8年前の2倍というのは事実。運が良ければ、昔の契約のまま取れるところもあるけど、移住してきたばかりでそんな甘い話は無いに等しく、詐欺だと思った方が良い。実際に多発している。お金が関わるそんなうまい話なんてあるわけもない、もっと客観的に状況を観察するべき。しかし、依然として他の欧州主要都市と比べればベルリンでの生活にかかる費用は全然手頃だと思う。物価の上昇は気になるが、給与水準も徐々に上がってきている。円に換算すると悲しくなるから、ユーロで稼ぐ仕組み、計画を立てて地道にやっていくのが良い。
5. 未来への不安 - あるいは、計画できない人生の豊かさ
ベルリンという都市には、独特の寛容さがある。計画通りにいかないことも多いが、それも含めてこの都市の良い特徴だ。計画通りにいかないかどうかは、予測する経験値があれば、違う方法で片付けられる。それはベルリン以外でも外国に住むこと自体、どの都市でも起きえる。パリに比べるとベルリンはかなり機能していると思う。今思うとよくパリに住めてたなと思うが、それは幸運にもパリという街しか知らなかったから。予定調和を求めすぎないことが、意外にも心地よい生活につながる。
このような不安要素に対して、さらに重要な視点を付け加えると、それは、「適応」と「創造」の関係性について。新しい環境への適応は、単なる順応ではなく、むしろ創造的な過程となり得る。パリとベルリン、二つの都市で経験してきた自分の場合、それぞれの都市が持つ特質が、予想外の形で相互に補完し合い、より豊かな生活視点を形成してくれた。
例えば、パリで学んだ「社会的な距離感の取り方」は、ベルリンでの人間関係構築に意外な形で活きている。逆に、ベルリンで身につけた「効率性への柔軟な態度」は、パリや日本での仕事の進め方に新しい視点を与えてくれた。これは、単一の都市では得られない経験だ。また、日本人としてのアイデンティティも、決して捨てる必要はなく、それを保ちながら積極的に相手のフィールドに入っていくことで、独自の視点と価値観が育まれていく。これは、専門性を持つ者にとって、とりわけ重要な点である。
結論として、これらの不安は全て、実際に住んでみれば杞憂に過ぎないことが分かる。ネット上の情報は、往々にして極端な成功例か失敗例のどちらかに偏っている。真実は、常にその中間にあり、何事も自分で行動して、自分の目で探すことが求められる。それが一つでも出来たとき、一つの自信に繋がる。
異国に住むという魅力は、その「不完全さ」にある。完璧を求めすぎない雰囲気が、逆に居心地の良さを生んでいる。インターネット上の偏った情報に惑わされることなく、必要な条件を冷静に確認し、準備を整えること。そして、その国のルールを尊重して暮らすこと。これこそが、確実な一歩を踏み出すための基盤となる。
そして何より、生活には母国では決して味わえない喜びが溢れている。蚤の市で見つける思いがけない物、夏の長い夕暮れに入る湖、冬の暗さの中で外で飲む珈琲、異なる文化背景を持つ人々との偶然の出会いと対話、些細なことも多いが幸福度は高いと思う。移住後の生活は、これらの新鮮な驚きと発見に満ちているから、不安なこともあると思うが、全て前向きに捉えて行動していけばきっとうまくいくと思う。