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『善悪の彼我』

彼我の距離

きみは何を以て、善悪の判断を下している?

大勢が支持する方が。
その逆に、サイレントマジョリティが。

あるいは、虐げられる少数派こそが。
その逆に、ノイジーマイノリティが。

今勝っている方が。
今負けている方が。

真実を語る者が。
他者の嘘を暴く者が。

自分の好きなことが。
嫌いな奴の嫌いなことが。

あるいは―――その場の雰囲気や、気持ちの変化で、どうにでも。


……やれやれだ。


正義とは何か? 悪とは何か?



すっかりしゃぶりつくされて、最早味も何もあったものじゃない。
他人の唾液のぬめりばかりが残る代物だが―――なかなかどうして、人間はこの大いなる、古臭い問いかけに、いまだ答えを出せないままでいる。

自分たちで作った定義さえ、境界が曖昧になってしまう。
実に人間らしい、愛らしさに溢れたトピック。

あえてタイトルをつけるなら―――さしずめ、”善悪の彼我”。

名著のパロディで味付けして……細工は流々、準備は万端。
今夜はこれを、少しばかり味わってみようじゃないか。

正義とは何か? 悪とは何か?
そんな問いかけ、今更誰が得をする?



まあ、正直に言葉にするなら、だ。


……損得はないが、話す分には面白い。

だろう?

善か、悪か?


さて、例え話をしよう。

あるところに、一人の男がいた。
その男には炭鉱夫の友人がいて、日夜労働に精を出し、家族を支えていた。だが炭鉱での仕事は大変に過酷で、休息もままならない。
このままでは友人は、いずれ支えるべき家族を残して逝ってしまうだろう。

友人思いな男は、何とかできないかと頭を働かせた。
幸いにも男は頭が良く、また薬学に精通していた。
特定の薬物を混ぜ合わせた際の反応によって、岩石を効率よく掘削することが出来れば……友人の仕事を、少しでも楽に出来るかもしれない。

思い立った男は早速薬物を開発し……それは実に、うまくいった。
薬物は急速に熱を伴って膨張し、広い範囲の岩石を削り取った。

男の作った薬物によって、炭鉱の仕事は実に捗った。

それはもう———炭鉱夫の手など、借りる必要もないほどに・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

結果、男の友人は職を失い、一家は離散してしまった。

さらに言えば———男の発明した薬物は、炭鉱以外の場所でも使われるようになった。岩肌ばかりでなく……人肌を傷つける、そういう使われ方を、広くされるようになっていった。

その後の男の話は……この場で語る必要はないだろう。

さて、本題だ。

この男のとった行動、結果は、善であったか? あるいは、悪であったか?

悪か、善か?


ついでにもうひとつ、例え話をするとしよう。

あるところに、一人の女がいた。
女は酷く傷心していた。婚約までしていた男と、破局したからだ。
女は男をひどく恨んだ。なぜ自分を捨て、他の女と結ばれ……あまつさえ、子どもまでこしらえて。のうのうと幸せを享受しているのかと。

ある晩———女は男に、復讐してやろうと考えた。
男の大切な愛娘を攫って、どこかへ売り飛ばしてやろうと考えた。
男の幸せを、壊してやろうと考えた。

たくらみは上手くいった。
女は娘をまんまと攫って、自身の部屋へと連れ込んだ。
しかし……娘は酷くやせ細って、身なりも随分みすぼらしかった。
男とその妻は、いつも良い身なりで着飾っているのに。

ともあれ、娘を売り飛ばす女の試みは狂ってしまった。
こんなやせっぽち、とても売り物にならないだろう。

———仕方がないから、女は娘に様々を紐解いた。
礼儀作法、手仕事、その他……男に気に入られるために、かつて自分が身に着けたそれを、惜しげもなく。

結果として。
娘は気立てよく、品のある淑女として成長し———いつしか佳い男に見初められ、誰もが羨む、素晴らしい暮らしをも手に入れた。

……それは、いつしか娘を手放せなくなっていた女もまた、同様に・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

さて、本題だ。

この女のとった行動、結果は、善であったか? あるいは、悪であったか?

―――さて。


いよいよ、例え話と質問攻めの堂々巡りにも飽いてきた頃だろう。
きみは今、うんざりしているか―――あるいは不思議なことに―――ひどく憎らしい気持ちを抱いているのだろう、きっと。

そういうわけで。
そういうわけだから。

最後にひとつだけ問いを投げかけて、この話はおしまいにしよう。




きみにこうして質問を投げかけている「オレ」は?

善であったか―――あるいは、悪であったか?




その答えは、真実は、きみの心の中に。



今夜はここまでだ。
次があるかと言えば……さてな。

海が逆巻き、嵐が来れば―――もしかするかも、しれないが。

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