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EPILOGUE:過去の燃え滓、未来の火種

転移を終え、地に足をつける。

はじめから場所を定めていたわけではない。しかし、今の姿は必要以上に人目につく。
自己の再定義、世界への認識の再構築はおおむね望んだ結果となったが、定着には今少しの時間を要する。その間、面倒な相手に目を付けられるわけにはいかない。
結果として、転移先は街や集落を避けた場所———つまり、「そのような場所」になる。

「だが……まさか、ここが選ばれるとはな」

降り立ったこの地はかつて、仮初の栄華を誇った都市だった。
学者崩れと職人もどきが身を寄せ合い、連中の「夢」の実現を目指した場所。
望むものを望むだけ生み出し、あるいは望まれるもの自体を生み出す。

「創作」などとは比較にならない。
それは「創造」、神の御業というやつだ。

それが連中の言う「夢」。世界を自在に作り変え、望む形にすることが。

だから滅んだ。

神の地に届く塔を望んだ連中同様、その傲慢さゆえに。
全ては焼き尽くされ、後には街だったはずの「なにか」だけが残された。
そこには望んだ「夢」も、その痕跡も、連中が存在した証さえも残っていない。

全てがゼロに還った場所。愚か者たちの末路。

「これ以上の場所はない……か」

ようやく、縛られ続けていたものから解き放たれたのだ。
無からの、ゼロからの再開。まさにこの場所が、それにはふさわしい。

自然と笑みが漏れる。

ここからなのだ。

「さあ……物語の『はじまりはじまり』といこうか」



「———いいや。きみの物語は始まることはない。残念ながら」



赤紫の光が弾け、直後、一帯が吹き飛ぶ。
何棟か建造物の残骸も巻き込み、土煙と瓦礫とが散乱した。

「おいおい、ご挨拶だな。武力行使はしないんじゃなかったのか?」

その光景を横目に転移を済ませ、声の主に向き直る。
この事態は予想できたことだった……この場所にやって来た、その時点で。

「……ああ。そういえば、ここはお前の古巣だったか。なら、これも道理だな」

何もかもが焼き尽くされ、消え去り、滅んだ街。
全てがゼロに還った———その中で唯一残った、残された者。おぞましい過去の、燃え滓。

「髑髏になって故郷の地を踏むってのは、どういう気分なんだ? 教えてくれよ———舞木創支」

「知ってどうするつもりかな? 故郷を持たず———その姿も仮住まいである、きみが」

眼球が嵌まるべき虚空の奥から覗く光は、こちらを捉えたまま離さない。
以前と違って、どうやら今回は本気らしい。逃すつもりはないのだろう。
先に放った光がそれを物語っている。ニンゲンひとつを吹き飛ばすには、明らかなオーバーキルだ。

「おれが過去の燃え滓なら———きみはさしずめ、未来の火種だ。今ここで、消させてもらう」

正面からぶつかるのは愚策———なら、いつも通りの手を使うまでだ。
予想できていた事態ならば、この男を煙に巻く算段も付いている。

「随分と光栄なことだ……だが俺に言わせれば、お前にその資格があるのか?」

「……資格?」

「そうさ。お前は自分をこの街の生き残りだと思っているようだが……以前のお前と今のお前が同じものだと、誰が証明できる?」

そうだ。感じることはないが———理解している。この髑髏が奥底に抱く不安を。焦燥を。恐怖を。

『自分の持つ記憶や気質が、他者によって植え付けられたものではないか』

『自分が何者でもない』という可能性に至る思考の過程と、その感情を。

「記憶や記録を写し取って置き換えただけの贋作でないと———自分がテセウスの船ではないと———俺とお前が違うものだと、どうやったら示せるんだ?」

「……それは」

逡巡。
気迫は鈍り、視線は落ちる。

十分な猶予だった。
レイ・ド・ブランの前でそうしたように、歪んだ空間に身を投じる。転移先は策定済みだ。

「な……待て!」

こちらの意図に気付いたのだろうが、もう遅い。今回も勝ち逃げとさせてもらおう。

「残念ながら待てないね———だが、これだけははっきりさせておく」

そして———それにふさわしい言葉も、忘れずに添えて。



「あの男にもう用はないが……お前は別だ、舞木創支。お前のことは、確実に潰す。必ずな」


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