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『胸の裡』
「ひとでなし」
『私』は、「ひとでなし」だ。
比喩ではない。事実だ。
『私』は、いわゆる種族的な「ヒト」ではない。
そう。
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『私』は、人間ではない。
けれど。
『私』は、ヒトを超越した存在ではない。
『私』は人理を外れた、超常の存在ではない。
————むしろ、逆なのだ。
『私』は、ヒトたり得ない存在。
『私』はヒトでいられなかった、零れ落ちた、ヒトの欠片。
ヒト一人分の重ささえない————不完全な「ひとでなし」、なのだ。
「心無い」
『私』には、心が無い。
比喩ではない。事実だ。
『私』の胸には――大きな穴が穿たれている。
それは、『彼』に与えられた傷。
それは、かつて人間であった頃の証。
それは、ヒトならざるものとなった『私』の――臍の緒。
そう。
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『私』には――心臓も、心も、存在しない。
『私』の胸の中は、完全な虚空。
心があった場所には、うつろな穴がひとつ、浮かんでいる。
その虚空は――『私』の右手をも、侵している。
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虚空は”平等”だ。
不要なもの。
必要なもの。
大切なもの。
あらゆるものを――すべてを――飲み込む。
飲み込まれた先に何が待つのかは、誰も……私でさえも、知らない。
だから。
『私』は、人間にはなれない。一度失った心は、二度と戻らない。
そう。『私』も、かつては一人の人間だった。
ひとつの、ヒトの個体を保っていた。
けれど――かつての『私』は、ヒトであることに耐えられなかった。
わけもわからずに。
意味さえ知らずに。
ヒトの道を踏み外した――どうしようもない、愚かな少年だった。
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その結果として生まれたのが『彼』であり。
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同時に、私——レイ・ド・ブラン、なのだ。
『私』のイラスト:紫色愛(https://twitter.com/417sskm?s=20)