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戦闘記憶:2

『クラッシュ』

指が鳴らされ、直後———また一人、『俺』が消し飛ぶ。

空間掌握、銃器生産、一斉射撃。
足止めをしている間に、次の『俺』の複製を———

『シェイク……ロック』

奴が呟くと、紫に光り輝く壁が奴を囲むように出現し、放たれた銃火の一切を難なく受け切った。

『クラッシュ』

また指が鳴り、輝く壁が砕ける。
細かな破片となった壁は、周囲に猛烈な勢いで押し寄せ———それをまともに食らった複数の『俺』は、バラバラになって消えた。

———次元が違いすぎる。

紫の目を持つ男、自分自身の原型の原型———レイ・ド・ブランと対峙しながら、俺は思考する。

奴は新たなステージへと進んだのだろう。そうでなければ説明がつかない。
そしてそこで得た能力は———創造、ないしは、それに近いもの。
その証拠に奴は今まさに、無から有を創り上げて見せた。それも既存の物質ではない。

生み出す壁はおそらく、「防御」という概念そのものだ。「攻撃を防ぐという現象そのもの」を生み出している、と言い換えてもいい。
その壁を、防御という概念を砕き、高速で打ち出す。「すべてを防ぐ盾を、そのまま敵にぶつければどうなるか」———矛盾の寓話も、こう使われるとは思いもしなかっただろう。

何もかもが滅茶苦茶だ。
既存の物質や概念では対抗のしようがない。つまり言い換えるなら———既製品の複製しかできない俺では、まともに太刀打ちできないということだ。
俺の能力すべてを用いたとして、傷一つ負わせられるかどうかも賭けのレベルだろう。

だが———奴の手札を明らかにすることはできる。

「……あまり余裕を見せてると、足をすくわれるぜ!」

言うと同時に、前線から一歩引いていた『俺』がとっておき———特大の戦車砲を叩き込む。
当たればもれなく大爆発……だが、複製に時間がかかる上に、弾も一発の打ち切り式。
外せば次はなく、当たっても壁に防がれるのがオチだが……俺の狙いはそこじゃない。

ここは『0と1の境目』。

かつて存在したもの、これから生じるかもしれないもの。
過去と未来の可能性が揺らめく、電子世界の中でも特に不安定な場所だ。
俺たちが今立つ足場も、上も下もない空間の中に、ただ浮かんでいるだけのもの。
そんな場所で大きな爆発を起こせば……防御しきれたとして、奴の立つ足場はどこまで飛んでいくのだろうか?

「良い旅を、しんゆう……精々、楽しむがいいさ」

どうする、レイ・ド・ブラン。
おとなしくピンボールになるか、それとも———



『シェイク』



奴が構える。
……さあ、どうする。










『ボム———ファイア』








無音の流星が、空を引き裂く。

そう錯覚するほどの眩い光芒が、俺のすぐ横を駆け抜けていった。

そして———静寂。

何が起こった?

流星の通り抜けた跡には、何も残されてはいない。
爆発するはずだった砲弾も、それを撃ち出した戦車砲も、さらにそれを複製した『俺』さえ……音もなく、跡形もなく、消えていた。
まるで初めから、そこに存在していなかったかのように。

———つまり、それは。

「……『消滅』の、力……!」

そうか、そういうことか。

俺は大きな思い違いをしていた。
奴は新たな力を獲得し、既存の能力を失ったのだとばかり思っていたが……そうではなかったのだ。

思えば、奴が何らかの能力を行使する際———つまり、『シェイク』と口にするとき。
最初に赤と青の光が生じた後———混ざり合って、紫の光を形成していた。
おそらくあれは、『消滅』と『複製』の力を高速で反復させ、疑似的に創造の力を再現しているのだろう。
スクラップ・アンド・ビルドとはいうが、奴はそのふたつを同時に出力しているというわけだ。法外も甚だしい。

だが……おそらくあれは、「本来の運用ではない」。
『消滅』と『複製』とは分割された異なる能力であって、そもそもふたつの能力を混ぜ合わせるなどという発想は———

———混ぜ合わせる、発想?

俺は奴が行動のたびに口にしていた言葉を、頭の中で反芻する。

『シェイク』。
『ロック』……『クラッシュ』。
『ボム』……『ファイア』。

「……ハ、そういうことかよ……"バーテンダー"」

異なる酒を混ぜ合わせ、新たな酒へと昇華させる。
巨大な一枚の氷の板を、砕いてグラスの中へと散らす。

奴はただ、『創造』というカクテルを「創って」いたわけだ———『消滅』と『複製』という、二つの酒で。
そしてそれは、俺には絶対に不可能なことだ。

妬ましい。
今にも、狂いだしたいほどに。

だが。
だからこそ———それでいい。

喜ばしい。
今にも、狂いだしそうなほどに。

「何が役に立つか、人生わからねえもんだな……なあ、しんゆう?」

呟いて、顔を上げれば。

奴の———レイ・ド・ブランの右腕が、今まさに俺の眼前へと、迫らんとしていた。


Illustration:六藤あきづ

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