
戦闘記憶:1
———弱い。
「あの男」の記憶よりも、ずっと弱い。いっそ、哀れに思えるほどに。
傷だらけの男と対峙しながら、俺はそんなことを考えていた。
男は俺の原型……いや、原型の原型、とでも言おうか。
細かい話はこの際省くが———なんにせよ、俺がこの男から生じた存在であることは確かだ。
その恐れ多き原型を前に今、俺はこの手に、勝利を収めようとしている———何の感慨もない、味気のない勝利を。
俺の左腕が黒く染まり、無数の星の光を宿しているのと同じように。
男の右腕は真っ白に漂白され、その上を血の回路が規則正しく、無秩序に駆けずり回っている。
俺が持つのは、複製の力。
男が持つのは、消滅の力。
同じところから生じていながら、俺たちの力はまるで正反対だ。
ただ一つ、共通することがあるとすれば———俺たちは二人とも、新たなものを生み出すことは不可能だということだろうか。
何も生み出せない、出来損ない同士の対決。不毛ここに極まれり、だ。
男が腕を振りかぶり、こちらへと迫る。
消滅の力は文字通り、触れたものをこの世界から跡形もなく消し飛ばす力だ。
その手にかかれば戦車の装甲だろうが爆発直前の手榴弾だろうが、何もかもが存在しなかったことになる。
男の加減次第だが、これは当然人体にも適用される。触れられるわけにはいかない———が。
「がっかりさせるなよ……しんゆう」
素人丸出しの構えで、頭部狙いが見え見え。
それに何よりも———このパターンを見るのは今回で3度目だ。
宝の持ち腐れ、と言うのだろう。こういうのを。
戦術も、分析も、自己理解も……何もかもが未熟。不十分。不適切。
目の前の男は、自身の力を押し隠し続けてきたのだ———それが俺には、手に取るようにわかる。
どれほど素晴らしい、あるいは凄まじい力を持っていたとして……その本質を知り、受け入れ、使い熟さなければ意味はない。
この男はそのいずれもを拒み、しかし、この戦いの場に立っている。
おそらくは……自身の敗北という結末を察し、受け入れた上で。
男は俺を捉えきれず、振るわれた右腕が鉄柱に触れる。
腕が振れた部分だけ、鉄柱が音もなく消失する。まるで———初めから、この世界に存在しなかったかのように。
大きく距離をとって向き直ると……自身の力で生じた崩落に巻き込まれ、男はまた傷を増やしていた。
———理解できない。
例えば———自身の本質が、恐るべきものだったとして。
目を背け、押し隠す理由がどこにあるのだろうか?
目を背けたところで、何が変わるものだろうか?
押し隠したところで、何が解決するだろうか?
何も変わらない。
何も解決しない。
それなら———受け入れる以外に、道はないのではないか?
俺は単なる模造品で、原型さえも出来損ないだ。
つまり初めから失敗作で、いくら足搔こうが完成品にはなれない。
その事実から目を背け、完成品を目指した原型は———絶望に打ちひしがれ、自棄を起こした末、惨めに死んだ。
自分自身と向き合うことなく自分自身の影と対峙した目の前の男———原型の原型は、今まさに、惨めな敗北の寸前だ。
だから、俺は受け入れる。
失敗作である、俺自身を。
つまらない、馬鹿な原型を。
目の前の男から生じたという、事実を。
クソみたいな何もかもを受け入れて。
そして、それらすべてを飲み込み、引き倒し、超克する。
そのために。
そうだ、そのためにも。
「そんなに欲しけりゃくれてやるよ———」
黒く染まった手を空中へとかざす。手の触れた先、その先の、さらにその先の空間まで———俺という存在を拡張し、支配する。
そしてその空間すべてで、複製を適用する。
これまでに俺が見て、触れて、扱ってきたあらゆる銃器。
生じた空間はすべてが拡張された俺なのだから……あらゆる撃鉄は、俺の意識そのものだ。
俺は俺を受け入れた。
だから。
限界まで引き上げたこの力で、お前を……何もかもから逃げるお前を、叩きのめしてやろう。
「———とびきりの敗北をな、しんゆう」
俺自身の望みのために———死なない程度に、殺してやるよ。
無数の炎が、一斉に放たれ。
夜の闇に、眩い日が昇った。
Illustration:六藤あきづ