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追憶#XXX:屋敷のメイドとバーテンダー
『……傲慢な女って思ったかい?
ああ、まったくその通り。アタシは見ての通り傲慢で、強欲で、聞かんぼうだからサ』
やはりあなたは、と、私が言いかけたとき。
その言葉を遮るように、彼女はそう、自身を嘲った。
あれは、私が続けようとした言葉を察してのことだったのか。
あるいは、単なる彼女の本音だったのか。
恐らくは前者だろう。
傲慢な女だ、などと。
そんなことを私が口にすることはないと、彼女は知っていただろうから。
私が今から言葉にするのは、彼女の核心、その一側面。
……少なくとも、私自身は、そのように感じているもの。
―――彼女の言う「幸せ」には、彼女自身が含まれていない。
屋敷に招かれるたびに。
彼女が私の店に、足を運ぶたびに。
当初はぼんやりとした印象だったものが、次第にはっきりとした輪郭をとり始めた。
そんなはずはないと、そう思っていた。
いや。単に私が、その事実から目を背けたかっただけかもしれないが。
ともかく。
そうして結論を先延ばしにしていた思考に目を向けざるを得なくなったのは―――折しも、彼女が初めて私の店でボトルキープをした、あの日だった。
『あなたが手を汚すことを主人が望まなかったとして、それでもあなたは、主人を守るために人を殺めるのか?』
はじめに触れた言葉の前。
私は彼女に、このように問いかけた。
それは彼女が、主人のためならば手を汚すことも厭わないと―――そう口にしたからこその、私にとっては精一杯の、「意地悪な問いかけ」だった。
少しでも言い淀めば。
少しでも逡巡すれば。
口を伝って出たこころは、彼女が再び一線を越えようとした時。
それを踏みとどまらせる―――わずかな「よすが」に、なってくれるはず。
私のその淡い期待は、彼女の言葉によって打ち砕かれた。
彼女はただ端的に、こう言った。
『知らないね。そんなこと、アタシの知ったこっちゃない。何をするかは、アタシの勝手』
その上で、彼女の言葉は……こころは、こう続く。
『いいんだよ、アタシが勝手にやったことでアタシがどうなろうと……それでご主人が幸せなら、さ』
―――彼女はきっと、根本的に、思い違いをしているのだろう。
自らの存在は、ちっぽけなものだと。
自分がいなくなった後でも、世界は変わらず回り続けると。
彼女が消えた世界でも、彼女の主人は変わらず笑い、幸せを謳歌できると。
本当に心の底から、そう信じているのだろう。
だから。
私はただ、腹立たしかった。
他人の幸せを願いながら、自分のそれにはこれっぽっちも執着しない、その姿勢が。
大切な人の前では平気な顔をしておきながら、過去に囚われ、自分自身を縛り付ける、その在り様が。
誰よりも自分に厳しく、自分を責め、苦しめ、罰して……それでもなお、自らを肯定できない、その心が。
まるで。
―――いつかの自分自身を、目の前にしているようで。
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