第三話

「わからない?……なんで?記憶がないって事?」
「うん……気が付いたら堕ちてたし」
「じゃあ堕ちる前のことは?覚えてる?」
「ええと……飯食って……風呂入って……リアナの家で寝てて……」
「ちょっと待って」
「ん?」
「リアナって誰?」

レイナがリスタの顔を覗き込むように見つめていた。

「え……友達」
「友達?……どういう関係?」
「どういうって……ただ……仲がいいだけだけど」
「……ふうん」

レイナはしばらくしてハッとした。

(私、どこで引っかかってんだ?……なんで今のところで気になってんの?……え?なんかやだ)

レイナはまた頭を抱え出した。
そんなレイナも無視してリスタは引き続き記憶を辿っていた。

「んでその後……あ、そうそう……なんか飲みに誘われたんだよな?」
「……あ、え?誰に?」
「……ええと、あいつとあいつとあいつ……ミンタスと、ドーラル?……あとヴァロアナもか」
「誰よそれ……変な名前ばっか」
「仲間の天使だよ……それから結構飲んでて……で、気付いたら寝ちゃってたのかな?」
「……じゃあそこから記憶がないって事?」
「うん……」
「……」

リスタとレイナはそれからしばらく沈黙していた。
リスタの記憶がないからわからない——、ただ、なにか引っかかる。
レイナは気になって仕方がなかった。

「そこから寝てて……気づいたら地球に堕ちてたってことよね?」
「うん」
「それっておかしくない?……そんな簡単に堕ちるの?空の上って」
「いや——、滅多なことがない限り……それこそ……雲の端っこまでいって、そこから堕ちない限りは——」
「ねえリスタ……あんたそいつらに恨み買ってたなんてないよね……?」
「ん?どゆこと?」

リスタの真っ直ぐな瞳がレイナに向く。
レイナはその瞳を見ているだけで、少し緊張した。

「や、何でもない……でもさ——、おかしいよやっぱり……酔っぱらって寝てたら、そのまま地球に堕ちてたなんて」
「うん……確かに」
「寝てる間に雲の上から堕ちるなんて、まずないでしょ?」
「ないな」
「てことはさ……ううん……やっぱり……誰かに堕とされたんじゃないの?」

レイナの問いを最後にリスタは黙り出した。
部屋の中にはしばらく沈黙が流れていく。
リスタは顎に手をかけたまま、考えた後に、

「堕とされたの?俺?」

とポカンとした表情でレイナを見た。
その表情を見たレイナは思わずがくん、と肩の力が抜けたように脱力してしまった。

「はあ……知らないって……でもそうじゃないの?……寝てるだけなら雲の端っこまで行かないだろうし……一人で勝手に堕ちないでしょ?」

(てか雲の上って歩けるの?……もうそこも私からしたらツッコミどころなんだけど)

レイナは喋りながらも、ひとりでにそう思った。

「ううん……でもさ、なんで俺堕とされたのかな?」
「え……私に聞かれても知らないよ……なんか恨みを買ったりとかしてたんじゃないの?」
「恨み?……俺何もしてないけどなあ」
「……そう」

レイナは部屋のカーペットの上で突っ立ったままのリスタはを見ていた。
真っ直ぐな眼をリスタは部屋の白い壁に向けたまま、考え込んでいた。
その様子を見ていると、本当に誰かに恨みを買うようなことなどをしているような青年にはとてもレイナには思えなかった。

「ううん……まあわかんないならもう仕方ないよね……」
「うん……ふあああ……眠いや」
「ああ……もう寝る?リスタ」
「うん……寝よう、レイナ」
「うん……あんた……もうちょっと焦ったりしないの?……空から堕ちちゃったんだよ?」
「うん……ふあああ……びっくりはしたよ……でも眠いし……今は」
「……」

リスタはそう言うと、大きなあくびを盛大に何度もした。
レイナはリスタの能天気ぶりにただ言葉を失っていた。

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