ねえ、優しさってなんだと思う
おかえりモネを見終えて
毎日楽しみにしていた朝ドラが終わってしまった。とても寂しい。
半年間、モネと一緒の時間を過ごすことができて嬉しかったし、そして今も気仙沼でモネが元気にしてるんじゃないかとさえ思ってしまう。
大好きなドラマの1つだ。
素晴らしいドラマには間違いないが、そのすごさは感想を一言でいえないところにあると思う。
言葉を選ばずに言ってしまえば、とても不完全燃焼な気持ちで過ぎていく毎日だった。
ことある事に、様々なシーンや台詞を思い起こしては考える。
あの時、なんでモネはあんなふうに答えたんだろう、あの表情にはどんな意味があったのかな、どうして何も言わなかったんだろう。
そして、自分だったらなんて答えただろう。どんな風に感じただろう。どう動いただろう。
1つ1つを反芻して、考えてみる。
何となく、分かりそうでわからない。
きっとこうだったのかな、と想像できる気持ちや共感できる思いもあったが、それよりもはるかに自分自身が経験してきた気持ちの範囲を超えていた。
『あなたの痛みは僕にはわからない。だけど分かりたいと思う』
自分が経験したことない痛み、想像し得る範囲を超えた感情。そういうものを分かりたい、知りたいと思う。とくに大切な人の思いならなおさらだ。
だけどそれはなんのため?
大切な人の痛みを分かちあって役に立ちたい。
それはもしかしたら綺麗事なのかもしれない。
役に立ちたいなんて言うけど、本当はただの興味本位で知りたいって思うだけで。痛みを分かりたいなんて言うけど、本当は相手に優しい人だって思われたいだけで。
BUMP OF CHICKENの『ひとりごと』を思い出した。
ねぇ 優しさってなんだと思う
僕少し解ってきたよ
きっとさ 君に渡そうとしたら粉々になるよ
ねぇ 君のために生きたって
僕のためになっちゃうんだ
ほんとさ 僕が笑いたくて
君を笑わせてるだけなんだ ごめんね
誰かの思いを聞くこと、痛みを教えてもらうこと、痛みを想像すること。それは自分では経験出来ない感情や痛みを知って、こんな思いもあるんだって自分の引き出しを増やすことにしかならないのかもしれない。そして、相手に優しくしてあげたような気持ちになるだけかもしれない。実際に痛みを持った人を、本当の意味で助け出すことなんて出来ないんだから。
でも、それでも、分かりたい知りたいって思って相手に向き合ったことが、その相手にとっては優しくしてもらったってことになることもある。だって、自分自身がそんなふうにしてもらえたら嬉しいもん。
ねぇ 優しさって知ってるんだ
渡せないのに貰えたんだ
きっとさ 人と人との
心の外の中だけに 在るんだ
君によく思われたいだけ
僕は僕を押し付けるだけ
優しくなんかない なれやしない
なりたいと思わない
1人では無理なことだから
誰かとの間にあるから
どちらのものでもない
名前のない それだけに出会いたい
『ひとりごと』
相手の痛みを知りたい、教えて欲しいって言うのは、自分を押し付けることかもしれない。“あなたのおかげで”って言われたいだけかもしれない。
でも、その踏み込んだ1歩が、その勇気が、誰かにとっては優しさをもらったことになるはずだ。
そうやって優しさをもらったり、そんなつもりはなくても誰かに優しさをあげたりして、そんなふうに世界が回っていけばいいな。
最後に…
主題歌BUMP OF CHICKENのなないろ
毎日聞けたこと、本当に嬉しかった。
高く遠く、あの空みたいに抜けていく藤くんの声が綺麗で優しくて。
なないろを聞く度に、モネのことを思い出して色んな痛みを考えていきたいな。
分からなくてもあきらめないように。綺麗事だって構わない。綺麗事を続けていくこと、考えること、分かろうとすること、それこそが勇気で優しさだ。
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