小説『道』 2:東京
助けて。
声に出したくとも声にならない。
周りを見渡しても、街灯が夜道を薄暗く照らすのみ。
この出来事を伝えると、彼らは笑った。
「助けを呼んで逃げればよかったのに」
だったら自分がその立場になってみればいい。相手がとてつもなく大きく恐ろしいものに見えて声なんて出せないし、動けない。
逃げたら、逆らったら殴られるかもしれない。そんな恐怖を味わってみたらいい。そうしたら、笑えなくなるはずだ。
彼らの笑みが、恐ろしいものに見えた。
恋は盲目だ。
振り返ると自分がとても愚かしく思える。
学生時代の恋なんて、ただの性欲の表れなのかもしれない。
寂しさを埋めるため、欲望を埋めるため、心の空白を埋めるため。
恋に愛がつくと恋愛になる。恋と恋愛の境目はどこにあるのか。
僕は果たして、恋愛をしたことがあるのだろうか。
あの時流した涙は、果たしてあの子のためだったのか。
一生共にありたいと思ったのは何だったのか。
今でもまだあの時の顔を思い出す。
人を笑うな、笑われる人になれ。
そんなつもりではなかった。
でも、その行動が彼を傷つけているのだ。
当たり前の事とは、なんと難しいのだろうか。
やってしまった事は取り返しがつかない。
今、テレビの向こうの彼を見て、その時の自分に笑われている気がした。
声を使う職業につきたい。
そう思えたきっかけは、あの日のステージ。
歌って踊るその人が、あのアニメの声の人。
あの時の衝撃は忘れられない。憧れは募るばかり。
緊張しいですぐ噛む自分には、あの人のように自然に思い切った演技は出来ないのではないだろうか。
でも、出したい。思いっきり自分の中にあるものを。
人を殺す事はできないが、その中ではそれが出来る。
奇声をあげて狂乱する事はできないが、その中ならそれができる。
怒りを、悲しみを、憎しみを、愛情を。
自分の中にあるものを、誰にも、何にも憚られる事なく曝け出したい。
心からの笑顔を浮かべた姿が、そこにはあった。
本物がそこにいた。
社会は広く、そして狭い。
画面の向こうのあの人が、目の前にいる。
でも、その時はよく知らなかった。
今追いかけるあの人は、その時、本物ではなかった。
いや、本当はそうではない。
今までもこれからも。本物だ。
あの姿は、本物だ。
コンクリートジャングル。
様々なことが起こるその土地でのことが綴られていた。
その時は判らずとも、後になると分かることがある。
もっと知りたい。
今だからこそ分かること。