水中鳥居の世界
はじめに
欧米人に鳥居の説明をするときは往々にして「神の領域と人の領域を隔てる門(gate separating the realm of the gods and the realm of people)」というような表現をする。日本人ならばおそらく誰もが神社を訪れて、鳥居を通過し参道を経て境内、すなわち、神の領域に足を踏み入れて少なからず厳かな気持ちになる、という経験をしたことがあるだろう。境内に入るには自然と鳥居をくぐるように建設されているので、扉がなくともそれが一種の門であることは肌が感知する。
「境内」という言葉が示すように、鳥居に続く参道は基本的に参拝者を「内」──例えば山や森の奥へ奥へと導く。ところが時に「外」に通じる鳥居が日本には存在する。それが各地の海岸や湖岸に建てられている水中鳥居だ。陸から見ればその門は外海(湖)へと繋がる通用門のようである。おそらく海や湖そのものを神の領域と見なしているのだろう。船乗りや漁師からすれば海や湖は富をもたらすこともあれば命を奪うこともある、まさに気紛れな神たちの縄張りなのかもしれない。
今(2023年)から10年ほど前、初めて海中鳥居というものを意識した。もちろん、トップに掲載した広島県厳島の有名な大鳥居のことはそれ以前にも聞き知ってはいたと思うが、外に向かって立つ鳥居という不思議さや神秘性、そして何より写真の被写体としての認識はそれまで持っていなかった。そのころはちょうど自分の写真のスタイル、すなわち、高濃度NDフィルタを使って日中で超長時間露光した風景写真というものを確立しつつあったころで、自分の日本人としてのアイデンティティ、ほぼ日本にしか存在しない被写体、長時間露光というテクニックとの親和性の高さなどが相まって、程なくして日本全国の水中鳥居を撮り歩きたい、それをライフワークとしたいとの思いに至った。本シリーズはその目標へ向けてのこれまでの足跡を辿りながら、これからそれを達成するまでの記録として開始する。また、いずれその集大成として編纂したいと考えている書籍の基盤と為したいとも考えている次第である。
シリーズ構成
毎回、日本のどこかにある水中鳥居を取り上げ、筆者による写真作品に加えその鳥居の由来、所在地、アクセス法、撮影する際の注意事項など詳細情報を記載する。基本情報部分は毎回無料掲載とし、詳細情報は有料記事とする。詳細情報の内訳は概ね、以下の通り。
[鳥居属性]
本シリーズの有料部分である詳細情報は水中鳥居を見に行きたい、そして鳥居自体を、あるいは水中鳥居と一緒に人物等を撮影したい人向けのものである。その主旨に沿って、まずは各鳥居の属性を4つのアイコンで示す。
最初のアイコンは鳥居の形態・形式を10のパターンに分類したものから当該鳥居の形式を表したもの。10の形式は下図の通り。上図の例ではこの鳥居が「両部鳥居」に分類されることを表している。
次に表示するアイコンは潮の干満がどの状態の時に鳥居、ないし鳥居の台座や岩などが完全に水に浸かるかを表す。水中鳥居には満潮時以外は水に完全に浸からず、見た目が「水中鳥居」にならないものも多い。そのような鳥居を本シリーズでは満潮鳥居と呼び「満」のアイコンで示す。干潮時でも水に浸かっているものは干潮鳥居とし「干」のアイコンで示す。
三つ目のアイコンは日の入りや日の出と一緒に、いわゆる「映える」写真を撮りたい人向けの情報で、西向きで日の入りとのコラボが可能な鳥居は日没鳥居として「没」のアイコンで、東向きで日の出とのコラボが可能な鳥居は日出鳥居として「出」のアイコンで、北や南向きだったり背後に障害物があるなどして日の出入りとのコラボができないものは「無」のアイコンで示す。
最後のアイコンは鳥居の向き(方位と呼ぶ)をなるべく正確に表すコンパス。上が北=0度で、時計回りに359度まで目盛が振ってあり、鳥居の方位をオレンジ色の扇形で示してある。この情報を使えば、例えば鳥居を真正面から撮影する場合、太陽が両柱のちょうど中間地点から昇ってくるのは何月何日か?というようなことが計算できる。大いに活用していただきたい。
[位置情報/アクセス]
次のセクションでは、鳥居の正確な地理座標とそれに相応するGoogle Mapsのリンク、そして車で訪れる場合は駐車可能な場所からの道順、公共交通機関で訪れる場合の方法などを記載する。鳥居によってはそこまでの道順が分かりにくい場合もあるので重宝いただけると思う。
[撮影タイミング]
ここでは、季節や時間帯、潮の満ち引き、天候など様々な要素を考慮して水中鳥居として撮影するのに適したタイミングについて説明する。また、日没鳥居や日出鳥居に関してはTPE(The Photographer’s Ephemeris)というウェブアプリを使って、日没や日出と共に鳥居を撮るのに最適な日付の日の出/日の入りの方位を図で示す。黄色の線が日の出の瞬間の太陽の方角、橙色の線が日の入りの瞬間の太陽の方角である。
[撮影設定]
続くセクションでは、上述の諸条件に加え立地や各種制約などを考慮して推奨する撮影設定、特にレンズのお薦め焦点距離やフレーミングなどを記載する。冒頭の写真作品以外のアングルやフレーミングの作品や記録写真がある場合はそれらも掲載し、構図作りに役立てられるようにする。
[近隣撮影ポイント]
比較的有名なものも含め水中鳥居は辺鄙な場所にあり車での訪問が半ば必須となるものが多い。せっかく足を伸ばして訪れるからには、ついでに近場で他の面白い対象も撮ってみたいというのが人情というものだろう。そこで筆者自身が近隣で見つけた鳥居以外の興味深いターゲットをこのセクションでは紹介する。
また、私はそこそこのグルメで、水中鳥居に加え常に美味しい食事を探し求めている。撮影で遠出するときも例外ではなく、近くに旨いモノがあるとくればなるべく食べて帰るようにしている。そんな撮影現場近くのグルメ情報で特筆すべきものがある場合は、それも記載したいと思う。
付録
毎回の鳥居紹介とは別に、例えば上述したウェブアプリ「TPE」の活用法や長時間露光撮影指南などのお役立ち情報を不定期的に掲載する予定だ。そしていずれ本シリーズの付録として限定公開予定の「全国水中鳥居マップ」では把握出来ている限りのすべての水中鳥居の位置情報を配信する予定なのでぜひ定期購読をして楽しみにしていただきたい。
定義
以前Twitter(現𝕏)で私の知らない水中鳥居を緩く募集した際に、完全に湖底に沈没している鳥居を教えてもらったことがある。潜水して長時間露光撮影はできないので残念ながら撮影候補として採用はできなかったのだが、ここで本シリーズにおける水中鳥居というものを明確に定義しておきたい。すなわち、水中鳥居とは鳥居自体、あるいはそれが立脚している台(コンクリート等の台座や奇岩、小島など)が、少なくとも満潮時など水位が上がっている時に完全に四方が水に囲まれる鳥居と定義する。鳥居が島に立っている場合、島全景とそれを取り囲む水をフレームに納めたときに、しっかりと鳥居の存在が確認できる程度に小さい島に限る。また「水中鳥居」は鳥居が浸かっているのが海、湖、池など問わず使用する総称であり、そのうち海にあるものに限って「海中鳥居」と表現することもある。
おわりに
私にとって日本全国水中鳥居の撮り歩きはライフワークというだけに生涯をかけて従事するつもりの畢生の事業である。このシリーズも細く長く続けて行くつもりなので、長くお付き合いいただければ幸甚の極みである。
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