荒神斬り:残悔編 四話
「下郎、名をなんという」
月下の光の中、血に染まったが如き甲冑をまとった荒神は地の底からの呼び声めいた低い音で以蔵に問うた。
「岡田、以蔵。ぬしはどこのなにさまよ」
「平が一将、平維盛」
維盛の名乗りに戦慄を感じる以蔵。
名乗りに応じた、すなわちこれなる荒神は会話が成り立つ程度の理性があるという事を意味していた。
「ほうん……平がこのご時世になんの用で迷い出たんじゃ」
維盛は答えない。代わりに返答として送られたのは腕がたち、修羅場を潜り抜けてきた以蔵をしておののく程の憎悪の気配。底冷えすら感じる地獄の冷気。
刹那、維盛と名乗った荒神はその手にした朱塗りの槍を振るった!
突き出される槍をその名高き速さの剣捌きで打ち払えば続けて繰り出される重ね突きを幾度となく切り払う!
以蔵の背後遥か遠くでは等身大の維盛とは相反して巨大なる荒武者が大太刀を振るうかみきり丸と大立ち回りを繰り広げていた!
「源氏、貴様も源氏の手の者かぁーっ!」
十尺はあろう巨体からかいなに握ったとても常人には扱いきれぬ黄泉のおおつるぎを振り下ろす荒武者!上段からの一撃をすり抜け様にかみきり丸は胴を抜くがごとく斬りつけるが浅い!
「ぬぅーっ!こしゃくなぁーっ!」
はらわたを切り裂かれてなお猛然と振り向きざまに振るわれるつるぎをかみきり丸は手にした大太刀で上方にそらしてはその隙を再度胴薙ぎ!
赤黒い血が噴き出しては黒炎と変わる!
二度の斬撃を打ち込んでなお、かみきり丸は油断なく大太刀を青眼に構える。荒神であれば完全に滅ぼすまでいかなる手段で抗うか完全には把握できない。ゆえに滅びるまで斬り続ける。
一方以蔵は恐るべき槍捌きをその天恵の才と長きにわたる鍛錬によって互角に渡り合っていた。いにしえの猛将が繰り出すその刺突は現代の道場槍術とは一線を画す脅威であり、以蔵をして死の覚悟を決める代物であった。
荒神、維盛はその朱塗りの槍を己が頭上で旋回させ、どこから斬り込んでも打ち払い逆襲できるように待ち受けている。
相対する以蔵は霞の構え、その中段に刀を向ければ維盛の出方をうかがう!
打ってこぬと見れば維盛は回転させた槍の勢いのままにその切っ先を薙ぐように袈裟払いとする!斜めに振り下ろされる穂先をあえて踏み込み、逆袈裟に切り払った!月光を宙に舞う穂先が反射する!
「むぅ……っ!」
槍の穂先を失うもなお打ち払わんとする維盛!
だがなおも以蔵が早い!
「いやーっ!」
迷いなく振りぬかれた切っ先はたがうことなく平維盛の首を斬り刎ねた。
面貌に覆われた表情のうかがえぬ顔が自身の身体を見下ろすと首を失った五体は燃え上がる黒炎に包まれ朽ちゆく。
高く飛んだ維盛の首は残りのもう一人の荒神の末期もまた見届けていた。
上段にかかげられたおおつるぎが振り下ろされるよりもなお早くかみきり丸の振るった斬撃が荒武者の両腕をまとめて斬り飛ばし、抗うすべを失った相手を最下段からの斬り上げが正中線を断ち切り、恐るべき荒武者を一刀の元に黄泉に返したのだ。
「お、おぉぉ……」
なすすべなく地に転がる敗者の首。その首と以蔵の目が合う。
維盛の眼は敗れてなお悲憤に彩られていた。
「やはり、やはり平は敗れる定めか!?何故だ!何故我らは滅びねばならなかったのだ!」
「そんなもん、わしが知るものかよ。じゃが……」
既に崩れ落ちつつある維盛を見下ろしながら言葉を続ける。
「時代が、悪かったんじゃろうよ」
「時代、時代、か。くっ、くくくはははははははっはははははははっ!!」
以蔵の言葉に、何かをさとったがごとく感じ入り狂笑のうちに黄泉に送られる維盛。
月が照らす山道はあたかも何事もなかったかの如く、以前の静寂をたたえていた。
【荒神斬り:残悔編 四話終わり 五話に続く】
過去作はこちらだ
作者注記
ごたごたしていたら思った以上に間が空いてしまった。
すまん、ほんとうにすまんかった。
今度からはなるべく書き上げてから上げていきたいな。