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そろそろガチャゲーは滅びそう

ソーシャルゲームにはなんかガチャがくっついているのが当然の世の中になってしまったが、仕組みとしては別個の物だ。
他者と接続してゲームプレイを進める仕組みがゲームのソーシャル性で、ガチャ……というか基本無料プレイはとりあえず触ってもらって、気に入ったらお金を払ってもらうというものである。
なんでこんなこと書いているかというと、ソーシャル要素とガチャ要素は基本食い合わせが悪いシステムではないか、という気づきのため。

ガチャ要素があるゲームはプレイヤーがどの程度課金するかは運に左右される要素が大きく、課金圧が全体的に強いシステムになっていると例えば何らかの形でおすすめした後に、勧めた相手がアホほど課金したりしかねない。自己責任といえばそこまでだが、やはり出費が青天井になるコンテンツは勧めにくく感じる。ざっと見回した感じでも、アニメや漫画、もしくは買い切りゲームは気軽に勧めているシーンが散見されるのに対し、ソシャゲーは力強く勧める場面はあんま見ることがない。

一方、ゲームのソーシャル要素は他者にコンテンツ存在を認知させ、プレイングに参加することを促すことで収益力の向上を間接的に期待できるシステムだ。要は、口コミをより能動的に行わせ、伝搬させることを目的とした要素である。もちろん、マルチプレイによるゲームの楽しさは実際あり、ゲームの娯楽性に全く寄与していないわけではない。

で、この2つを同時にゲームに搭載すると、双方の利点が対消滅する。
より強く課金させたいガチャ要素が、課金コストについてどの程度上昇するか不透明になるため他者に勧めにくく、ソーシャルゲームのソーシャル要素を打ち消してしまう。ギャンブルを気軽に勧められないのと同じ心理的要因が働いていると言ってもいいだろう。

この問題に対し、最近のソーシャルゲームは課金圧を下げて、突き詰めないならそこまでお金をかけなくてもいい、位のさじ加減にすることで緩和を測っている……ような気がする。まあ、突き詰めようとすると結局アホほどおかねがかかるシステムなのは変わらないのだが。

戦場へ

娯楽として推すには色々気を使うし、反感も買うので新作が出てもジワジワ衰退していきそう。あるいはガチャ要素はほとんど飾りになってマンスリー課金で遊べる様になるか。

いずれにしても、あまりいい文化ではないので後年には残らなくていいと思う。ほろびろ集金しすてむ。

今回はここまで、またな。

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