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えがくまほろば
フランスに復讐する為によみがえったジャンヌダルク、などという女は実在しない。一人の男が描いた都合のいい妄執、それがジャンヌダルク・オルタという女だ。
その女は今、たばこを吸う俺の目の前で一心不乱に絵を描き続けている。
寒々しい無機質な白磁めいたカルデアのリラクゼーションルーム。そこの卓を挟むソファにくだんの女は居た。
くすんだアッシュブロンドの髪を短く肩で切りそろえ、魔性めいた金の瞳に整った顔立ちのこの復讐者の女は今は笑ってしまうほどに似合わない黒ぶちの眼鏡に、合うサイズがないのを無理やりきているぶかぶかの黒のジャージ姿でひたすらに液晶タブレットなどと呼ばれる板に筆を走らせている。
かつては自分、正確には自分のオリジナルを惨たらしく焼き殺した祖国フランスに牙を剥いた竜の魔女……などという触れ込みの復讐者だったが、今の控えめに言って俺から見てもダサい風体も今は気にすることなく絵に向き合い続けていた。
「ちょっとエドモン、巌窟王」
「なんだ」
「居たなら飲み物くらい淹れて」
「良いだろう」
視線すら板面から外さずに絵描きに集中したまま俺に飲み物を要求するジャージ魔女。その集中力に敬意を表しつつ俺はルームにそなえつけのダイニングキッチンに向かう。メニューはいつも通りだだ甘でほとんどミルクのようなカフェオレだ。こいつはブラックを飲んだ試しがない。
「こぼしたらイヤだから蓋付タンブラーにして」
「わかっているとも」
注文の多いわが復讐者の同胞の期待にしっかり応えてやる。
相変わらず液晶タブレットに向き合ったままの魔女の前にタンブラーをおいておけば、
「ねえ、デュマはここに来ないのかしら。アンタの作者の」
「あの男の思考は俺にもわからん」
「そう」
「作家ならシェイクスピアもアンデルセンもいるだろう。まだ足りないのか」
「学べる相手は多いに越したことないでしょ。実際話は面白いじゃない、あの男」
「話は、な」
早々に俺は俺を書いた作家であるところのアレクサンドル・デュマの話題を打ち切る。余り長く話したい話題でもない。
この女がこうも集中して絵画に向き合っている理由はわかっている。この女には常人のような長い猶予はない。
俺達サーヴァントは聖杯という力の源によって現世に呼び戻された亡霊だ。
取り分けこの女は元は実在しない幻想という出自もあって現世から退去させられればこうして絵を描くこともかなわなくなるだろう。それが一年か、二年か、少なくとも5年はなかろう。
ゆえに、俺はこの女の創作を邪魔することはしない。この女の時間はあまりにも限られている。
ついでに淹れた自慢のブラックを傾けながら目の前の魔女の所作を見守る。
「……ふーっ……出来たわ」
半刻ほどの後、竜の魔女はその顔を上げた。満足げな顔だった。
「満足のいく作品が出来たようだな」
「ええ、見る?」
納得のいく出来なのか普段の刺々しい蓮っ葉な様子はなりを潜め、金目の女は俺にタブレットを差し出した。
そこに描かれているのは吹き抜けるような青空の下、花々が咲き乱れる花畑の中央に一対の存在が描かれている。
片方は漆黒の異形、それは獣の様にも悪鬼の様にも見え、まさしく化け物いがいの何者でもない。その異形は戸惑っているような所作で目の前の少女に手を伸ばしている。それを握りひまわりの様に朗らかに笑う明るいオレンジの髪に白いフリルのワンピースをまとう少女。
「どーよぅ、いい出来でしょ?」
ドヤ顔で感想を求めるコイツに俺ははっきりと言ってやった。
「おまえ、マスターの事好き過ぎだろう」
俺が指摘するまで題材ににじみ出ている好意に気づいていなかったのか、唖然とし、しかる後顔を沸騰させて目を伏せ、さらには憤怒の形相で俺をにらみつけてくる竜の魔女。俺はタブレットを掴んだまま一目散に駆け出した。
「あ~ん~た~っ!!!!」
「クハハハハハハッ!お前ののろまな脚で俺に追いつけるかな!」
「待ちなさいっての!あいつに見せたら承知しないわよ!」
「せっかくの傑作だ!見せてやらねば損だろう!」
「ふーざーけーるーなーっ!」
深夜の人気のない廊下を二つの黒い影が人智を超えた速度で駆ける。だが
「おっと、我らがマスターじゃないか」
「!?ちょっ、まっ、待ちなさいよ巌窟王!」
月明り差し込む窓辺に座り込むオレンジ髪の少女。わがマスターに手にしたタブレットを突き付けてやる。
「んっ、なに?」
「そこの竜の魔女の新作だ、良く描けてるだろう」
タッチの差で我がマスターにタブレットを渡してしまう。勝負が決し硬直して立ちすくすジャンヌオルタ。
「あ、描けたんだ。うんうん傑作だよオルタ」
描かれた絵以上にほがらかに笑って見せる我がマスター。
その感想にへなへなと萎れて背を向ける魔女。しかしタブレットはしっかりと受け取っていた。
「わたしおへやにかえるわ……」
「うん!おやすみなさい!続きも頑張ってね!」
エールを送られた瞬間に気恥ずかし気にこちらをチラ見した竜の魔女は、そのまま部屋に戻っていった。その背中を俺とマスターは見えなくなるまで見送ってやった。
【えがくまほろば:終わり】
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